「日米シニア井戸端会議」
−日米シニアインターネットコミュニケーション報告(詳細版)
特定非営利活動法人 シニアのための市民ネットワーク仙台
(2002年度ユニベール財団助成プロジェクト)
【1】初めに
財団法人ユニベール財団の助成金を受け、シニア世代のインターネットコミュニケーションをテーマとするプロジェクトに取り組んだのは2001年度に続き、2002年度が2回目である。 きっかけは今回も協力いただいた日米コミュニケーション・エクスチェンジ(JUCEE)の2000年度プログラムに参加したことだった。同プログラムは日米のNPOの協業を目的とするものだった。われわれは米国SeniorNetと交流の機会を得ることができ、日英翻訳ボランティアを間に置いた「日米シニアインターネットコミュニケーション」の実験に取り組んだ。
![]() |
| トーランスラーニングセンター |
大内秀明理事長、伊藤寿朗理事が出席して、成果発表のためのフォーラムをサンフランシスコ、ワシントンで開いた。その際、ユニベール財団の関係者が傍聴してくれていたことが、その後の2001年度、2002年度のプロジェクトに結びついた。
また、今回のプロジェクトに米側から協力していただいたSeniorNetトーランス・ラーニングセンターは、2000年のJUCEEプログラムによって誕生したラーニングセンターである。
加えて熊本シニアネットも、われわれのインターネットプロジェクトを通じて以前から交流のあるNPOである。インターネットのような、デジタルな環境環境が発達する中でも、結局は人と人のつながりが重要であることを再認識するとともに、あらためてお礼を申し上げなければならない。
【2】概要
シニアネット仙台は、1995年の発足以来、シニア世代のIT活用事例を具体的に提案する取り組みを進めてきた。コンピューターを単に学ぶだけでは、ITがもたらす可能性をシニア世代の生活に生かすことにはならないからである。
幸い、国のIT講習会等の試みもあって、シニア世代のコンピューター、インターネットへの関心は確実に高まっている。シニアネット仙台の2002年度のプロジェクトでは、従来の取り組みをさらに進め、日本在住のシニア世代と米国に住む日本人および日系人シニア世代との「日本語によるコミュニケーション回路」を開けないかと考えた。
電子メールを活用した国際的なコミュニケーションは既に珍しくはないが、コンピューターをゼロから覚える、普通のシニア世代にとって、その壁はまだまだ高い。
![]() |
| 報告する若尾さんの1(シニアネット仙台の「サロンわいわい一番町」) |
そのため「日本語によるコミュニケーション回路」を、シニア世代の参加によって、日米の間に開くためには、ニーズや日米のシニア世代のIT環境等について、ある程度把握する必要があった。協力関係にあるNPOとの協議を通じて、場の設定や技術的な問題の検討、参加者の勧誘等を進めた。
今回のプロジェクトでは、併せて障害者向けコンピューター教室を継続実施することで、NPO、草の根の市民レベルで、シニア世代と障害者にかかわるデジタルデバイドを克服するためのノウハウを蓄積、社会に還元することを目指した。
「日本語によるコミュニケーション回路」は「日米シニア井戸端会議」と名付けられ、会議の運営や進行を通じて、大きな成果を上げたが、シニアのIT環境について、日本と米国の実情をすり合わせる形で論議し、考察できた点も、重要な成果と考えている。
参加者の中から「プロジェクト終了後も井戸端会議継続してほしい」という希望が出された。「シニア世代の日本語コミュニケーション回路」をインターネットに仕組んでいくことについて、一定の理解が得られたものと受け止め、2003年4月以降も「シニア世代が提案するバーチャルな日本人むら」として運営を継続したい。
「日米シニア井戸端会議」は、シニア世代や障害者がインターネットを使えるようになることで、実際にどのような可能性が開けるかについて、主に国際的なコミュニケーション、国際交流を軸とする提案だった。2001年度に実施した「日米シニアインターネットコミュニケーション実験」に続く第2弾である。
日米シニアの日本語によるコミュニケーションの場を実現するため、メーリングリストとWEBを活用した。シニアネット仙台がこれまでの活動を通じて協力関係を築いてきた3つのNPO=米国SeniorNetトーランスラーニングセンター、熊本シニアネット、日米コミュニティ・エクスチェンジ=と協議。日米のシニアを取り巻くIT環境についても併せて取材調査した。
「日米シニア井戸端会議」には、日本語環境でコンピューターやインターネットを使う、日米のシニア世代が44人が参加した。スタート当初は日本側が仙台、盛岡、川崎、熊本。米国側はトーランス、ロサンゼルス、サンフランシスコ、モンタレーなど米国西海岸各地だったが、途中で大阪、南米ペルー、ニューヨークからの新たな参加があった。
「日米シニア井戸端会議」の名称は、メーリングリストの意見交換の中から生まれた。2002年9月から2003年3月末までに、44人が参加、2000通近いメールの交換があり、オンライン、オフライン双方の交流を通じて、参加者同士の親近感が予想以上に高まった。
オンライン交流に加え、日米双方のシニアが実際に会い、研修や交流を行う「オフラインミーティング」も積極的に開かれた。井戸端会議の有効性を相互に確認、プロジェクト期間終了後も、運営を継続するよう希望する声が出た。
【3】評価(目的達成度・効果・反響等の自己評価)
1.日米シニアインターネットコミュニケーション
「日米シニア井戸端会議」を立ち上げ、運営ノウハウの蓄積を図った。その結果、2002年9月中旬から2003年3月末までに2000通近いメール交換が行われた。日本語でインターネットを使いたいと考える日米のシニアの実験空間をつくるのが目的だったが、参加者の間から助成期間終了後も継続を希望する意見が出され、日本語でインターネットを使う、世界中のシニアが参加できる「日本むら」を目指し、井戸端会議を継続することが決まった。
2.国際交流
シニアネット仙台と米国シニアネット・トーランスラーニングセンターのリーダー、メンバーらの交流を軸に、シニア世代のIT活用を民間レベルで取り組むためのノウハウの交換、課題解決のための論議・研修などに大きな成果が上がった。仙台からトーランスを訪問、米国から仙台、熊本を訪問しての訪問の形で日米交流を行い、各地のの交流の中から「日本人むら」を目指す機運が高まった。
3.障害者のコンピューター教室の実施(2001年度からの継続)
(報告書最終パートへ)
【4】事業実施日程
年 月 日 活 動 内 容 実施 場所
2002年 仙台、米国
7月―8月 日米インターネットコミュニケーション
プロジェクト構築事前調査
2002年9月
−2003年3月 日米シニア井戸端会議 日本、米国のシニア
が参加するメーリ
グリスト&WEB
1月 国際交流イベント(1) 米国カリフォルニア
2月 国際交流イベント(2) 日本(仙台、熊本)
【5】実施協力機関・協力者
機関名/氏名 協 力 形 態 国 名
米国シニアネットトーランス 事前調査、米側井戸端会議参加募集 米 国
ラーニングセンター 運営参加、国際交流イベント実施協力
熊本シニアネット 日本側井戸端会議参加募集、運営 日 本
参加、国際交流イベント実施協力
日米コミュニティ・エクス 事前調査参加、井戸端会議参加者 米 国
チェンジ 募集
河北新報社 取材報道・技術協力 日 本
【6】参加者の概要
参加者の種別 氏名・所属機関 人数 国 名
・日米シニア シニアネット仙台 20人 日本
インターネット 熊本シニアネット 7人 日本
コミュニケー 米国シニアネット
ション トーランスラーニングセンター 12人 米国
・視覚障害者IT講習会
・国際交流
シニアネット仙台 70人 日本
熊本シニアネット 40人 日本
米国シニアネット 40人 米国
トーランスラーニングセンター
【7】日米井戸端会議の仕組み
真冬のトーランス
・インフォシーク社のメーリングリストサービスを利用した。メーリングリストとは、参加者が一つのメールアドレスを共有しながらコミュニケーションできる仕組み。共有するアドレスにメールを出すと、参加者全員に届く。メーリングリストを通じて届いたメールに返事を出すと、参加者全員に届く(メーリングリストの設定を変えることで、別の環境にすることも可能)。情報を共有しながらメールによるコミュニケーションを進めることができる。
・仙台、熊本、米国にコーディネーターを置き、会議の進行役を担えるようにした。
・メールのやりとりはWEBでも参照可能な仕組みとした。
・メール交換用のWEBのほか、日米シニア井戸端会議のWEBをシニアネット仙台のサイト内に開設した。電子メールによるオンラインコミュニケーションは、ウイルスによる被害のリスクをできる限り小さくする必要があり、日米シニア井戸端会議で添付ファイルやHTMLメールを使えない環境でスタートさせた。
ところが、HTMLメールを使わない設定にするといった、単純なことが、シニア世代には必ずしも容易ではない。メールソフトの設定ができなかったり、コーディネーターらのメールによるアドバイスがうまく行かず、メールを送れない参加者があったため、やむをえず途中からHTMLメール利用可能に変更せざるをえなかった。
【8】経過
・2002年7月 日米シニア井戸端会議の具体化についてミーティング。米国SeniorNetトーランスラーニングセンター共同主宰者の鶴亀彰さんとシニアネット仙台のリーダー参加
・2002年9月15日 日米シニア井戸端会議スタート
・2002年10月 トーランスの鶴亀彰さんが仙台再訪。井戸端会議のオフラインミーティング。
・2002年1月18日 メール交換1000通突破。1000通達成記念に記念品を贈呈することになった。トーランスの鶴亀彰さんが、カリフォルニア気分いっぱいの本を選ぶことになった。
・2002年11月 井戸端会議参加者Bankiyoさんがトーランスを訪問、オフラインミーティングに参加。井戸端会議で状況を報告するとともに、自分のホームページで紹介した。
・2002年12月 井戸端会議にモンタレーから参加しているウインター良子さんが仙台訪問。シニアネット仙台の大内秀明理事長を訪問。井戸端会議のオフラインミーティング開催
・2003年1月 シニアネット仙台の佐藤和文副理事長、門脇亜紀子プロジェクト担当がロサンゼルス、トーランス訪問。トーランスで井戸端会議のオフラインミーティングに参加するとともに、高齢化と情報化をテーマに取材・調査
・2003年2月 トーランスラーニングセンター共同主宰者の若尾龍彦さん来日、仙台、熊本で井戸端会議オフラインミーティング。
1000通達成記念の本を若尾さんが持参、井戸端会議参加者の「雪ん子」さんにプレゼントした。
・2003年2月 井戸端会議をプロジェクト期間終了後も継続してほしいとの要望があり、運営継続を決定
・2003年3月末 交換メール数1766通
(4月10日午前10時現在 1856通)
【9】確認できた事柄
(1)日本に住む「普通のシニア世代」にとって、インタ−ネットが結ぶ「知り合い」が世界各地にいるという感覚は、まだまだ新しい。このため、参加者の間には新しいコミュニケーション空間への戸惑いも見られた。
(2)国内はシニアネット仙台、熊本シニアネット、米国はシニアネット・トーランスラーニングセンターという、既に存在するシニアのネットワークを土台に「井戸端会議」を設定したため、参加者のコミュニケーションが円滑に進むのに多少時間を要した。
(3)日本と米国に住むシニア世代の暮らしぶりや歴史的な背景の違いが「井戸端会議」の活況につながった。
(4)当初、主に日本側から米国側に質問をし、米国側がそれに答えるという形が目に付いた。日米のシニア世代が新しい交流回路を開く場合のコミュニケーションパターンの一つか?井戸端会議を双方向のコミュニケーションとして位置付けるための手がかりとなるかもしれない。
![]() |
| 取材を受けるトーランスラーニング センター共同主宰者の若尾さん、鶴亀さん(左から) |
(5)オンラインによるコミュニケーションに加え、実際に相手に会う機会を得た参加者ほど、活発になった。パソコン通信時代から言われている「オフラインミーティング」(オフ会)の効用は、井戸端会議でも、より顕著に表れた。
(6)井戸端会議を活発にした要素として、同世代のネットワークであることの親近感を上げることができる。
(7)活発な書き手が井戸端会議をぐんぐん引っ張った。文字によるコミュニケーションは、ときとして誤解や混乱を生み出しかねないが、井戸端会議に参加した、いかにもシニア世代らしい「コミュニケーションの達人」たちの存在が大きな意味を持った。
(8)英語社会である米国においてはロサンゼルスのような大都市を除けば、「日本語マニュアルが手に入りにくい」「コンピューターショップでも、日本語を話せるスタッフがいない」など、日本語でコンピューターを使いたいと考える人々への支援環境がもともと乏しい。
(9)そのため米国のシニア世代は、日本国内には存在しないハンディを背負いながらコンピューターやインターネットと向き合おうとしている。
(10)英語社会のシニア世代が、あえて日本語でコンピューターを使おうとするのは、遠く離れた故郷や日本にいる知人・友人とのコミュニケーションには、日本語が欠かせないからである。移民の流れをくむ日系人シニア世代の場合、子供や孫が日本語を話せないことが珍しくないため、若い世代に教えてもらおうとしても難しい事情がある。日本語環境が十分ではない分だけ「デジタルディバイド」(デジタル格差)も深刻になりかねないという。
(11)さらに注目すべきは、米国には、移民の流れをくむ日系人以外に、仕事や家族の事情で渡米し、そのまま住んでいる日本人が増え続けていることである。
(12)彼らは移民の一世、二世とは区別する形で「新一世」と呼ばれ、米国社会のさまざまな場面で活躍している。「新一世」は、移民とはまた別の形で、日本社会のありようと強く結びつき、自分自身や家族が高齢化しつつある人々が多い。
(13)米国におけるデジタルディバイドを考える上で、「新一世」の高齢化問題は、今後ますます重要になると思われる。
(14)コンピューターやインターネットはシニア世代に優しいとはいえない。IT分野は若い世代のための環境づくりが先行しており、どちらかと言えば、シニア世代はITとは縁遠いと思われがちだ。それは決してシニア世代のせいではない。シルバー産業、シルバーマーケットと言われて久しいにもかかわらず、多くのシニア世代は初歩的な操作法を学んだ後、コンピューターをどう使うかで、途方にくれている。このような現実はITにかかわる企業、政府・行政の優先順位がシニア世代中心ではないことの反映にすぎない。
井戸端会議の参加者の電子メール交流、オフライン交流をつぶさに見れば、シニア世代だからこそ、インターネットを使えるようになることで、文字通り場所を超え、時間の制約を超えて「自分に関心を持ってくれる仲間が世界中にいる」と思える環境を手に入れることが可能だ。
(15)ウイルスによるリスクを抑えるための仕組みや運営のノウハウの重要性を確認できた。特にシニア世代のコンピューターやインターネットに関する知識は、十分ではないことが多く、被害が発生した場合の対応策について、十分、研究する必要がある。
【10】成果
・場所、時間を超えた、普通のシニア世代の交流のチャンスが生まれた。
・どこかに私に関心を持ってくれてい人がいる−と実感できることが、参加したシニアの暮らしに潤いと活気、張り合いを生み出した。
・電子メール交流が、シニア世代の悩み、関心を互いに確認したり、問題の解決方法を考え、励ましあう環境として有効だった。
・日本と米国のシニア世代を取り巻くコンピューター環境は、似ているようで異なる部分があり、高齢化と情報化の関係を考察するうえでえ、大きなヒントにあることが確認できた。
・生活環境の違い、暮らしの背景の違いが時としてコミュニケーションを進める上での戸惑いにつながった。半面、その違いが自己確認の機会ともなり、おおむね話題に広がりが出て、活発なコミュニケーションとなった。
・半面、井戸端会議が進む中で、参加者から井戸端会議の様子を聞いた知人、友人が南米ペルー、ニューヨーク、大阪から参加した。個人が結ぶグローバルな日本語ネットへの展開の可能性を感じさせた。
・井戸端会議の運営上、ノウハウを数多く得られたが、スムースなコミュニケーションの進行、ROM(リードオンリーメンバー)への働きかけなどの面で課題も残った。
・「普通のシニア世代」はおおむね電子メールコミュニケーションの経験が乏しいことから、井戸端会議への参加のきっかけをつかむのに苦労した参加者も少なからずいた。
・シニア世代のIT環境づくり取り組む日米のNPOの情報交換、経験交流に大きな成果があった。
【11】参加者の声
今晩は。後藤國臣です。朝日新聞で仙台シニアネットのアドレス見つけ、メールを出
し、その関連で井戸端会議にも参加させてもらいました。
私にとって、シニアネットと井戸端会議は非常に大切なものになっています。ぜひ続け
て欲しいと思います。
私のメールのうち4/5は上記関連のメールです。
皆さんとは面識もありませんし、地域も離れています。それだけに返って自分に正直
になれます。
隣近所や今までの友人ですと、言っていいことと、悪いことが多すぎます。見栄もあ
るし、評判が立つ事もあるので、中々、自分をさらけ出す事が出来ません。その点、
メル友は普段の人間関係がありませんから、ある程度自分をさらけ出す事が出来ま
す。もちろん節度をわきまえ、相手に迷惑をかけないようにしなければなりません。
もし、止めるんでしたら、差し支えない人だけでもアドレス交換をして、末永くメル
友としてお付き合い願いたいです。
##
ご無沙汰してます。
井戸端会議では大変お世話さまになり 感謝申し上げます。
お陰さまで この半年間毎日eメールを見るのを日課とし
とてもエンジョイさせて頂いております。私の方からは
中々活発な参加は出来ずですが LAにいて日本の北国から
南国の皆様方からそしてSFやリマからのメールを拝見出来
嬉しく思っております。
過日お話しがあったように これから他の国に在住の方も
参加される事を希望し更なる発展を期待します。
(トーランスの中川幸子)
##
当初期待していたのはアメリカ人の生活習慣意識を知る上で大変プラスになると思っていたのですが、在米日本人の方々はどうやら日本人同士の交際が専ららしく、メールの内容は在日日本人と交信しているのと変わらないというのが実感です。だから無意味だという積りではなく、私の期待が間違っていたという反省です。
この井戸端会議だけではなくMLの共通のことですが、発信する人、しない人が極端に分れてしまいます。座談会だったら司会者が無言の人にも発言を促したり出来ますが、MLにも一工夫あって良いように思います。(仙台・今泉)
##
井戸端会議の皆様への返事が当地の事情により遅れてしまい恐縮いたしております。
私の住んでおります所はペルーの首府リマ市の下町ですので、インテルネットの購入者が少なく、24時間接続を申込んでから1年半が過ぎますがまだ先が見えておりません、
それと言いますのはスペイン資本のペルー電話会社(旧国営電話会社)に対して政府が契約の解消を迫り、再契約で争っており顧客に対するサービスが最悪の状態です、私は、夜7時から朝7時までの定額契約ですので、朝は孫を学校に送出すまでの午前6時から7時までの間に仕事も含め、受信メールを整理いたします、受信メールは3/1フロッピー・ディスコに記録して仕事の合間に必ず井戸端会議の便りは読ませてもらって居ります。
夜は7時にPCを立上げますが接続が悪く、娘や孫が使用する夜10時までに時間切れになる事が再々です。
チャット・メールは以前にやった経験があり、現在もまだ継続しておりますが、現在では新会員の紹介が主です、会員の紹介の中から好きな友達とメールでのやり取りに成っておりますが各国からの情報はグループ・メールで入ります。
議長の発案の議題に答えるシステムも採用しております。(例えば、イラク戦争に付いて等々)
私の、場合仕事用のアドとHOTMAILのアドですが、HOTは容量が少ないので、こまめに削除を行わないと受信OFFになりますのでディスコに記録後削除しますので、返事が手薄になりますのが短所です。
井戸端会議の会員の各位からの意見で最良の方法を採用されましたら、これからも末永く継続出来るものと考えますので宜しくお願い申し上げます。
南米リマ・ 原 宜義
##
トーレンスの二本柳です。
いつもいつも大変お世話になっており申し訳なく思っております。
とりわけ私は最初のスタート当時からコンピューターの操作の関係上、佐藤様、鶴亀様にはご迷惑をおかけしました。
最初のもたもたしていたときから比べたら雲泥の差。だいぶ良くなったとはいえまだまだですが、送信も出来るようになりました。
ロスアンゼルスにいて日本の情報しかも身近なものが瞬時にしてわかるようになりました。これもひとえにスタッフの方々の努力の賜物と心から感謝申し上げます。これからも何かと気苦労もおありと思います。 しかし大変だったけれど続けて良かったと思える日のあることを念じつつ。
遠いカリフオルニアからエールを送ります。
##
【12】ロサンゼルス&トーランス訪問
(1)向かい合って和やかに/メールは一休み。直接話そう
「日米シニア井戸端会議」のオフラインミーティングが2003年1月、米国カリフォルニア州のトーランスで開かれました。井戸端会議を運営しているNPO法人シニアネット仙台とシニアネット・トーランスラーニングセンターのメンバーら13人が参加しました。
オフラインミーティングは、日ごろ電子メールで交流している者同士が実際に顔を合わせて懇親を深めることです。「オフミ」「オフ会」とも言います。今回の「オフミ」はトーランス市内のホテルで開かれました。全米でシニアのコンピューター活用を支援しているNPO「シニアネット(SeniorNet)」の「トーランス・ラーニングセンター」のみなさん10人のほか、ロサンゼルスのリトル東京で、シニア向けのコンピューター教室を運営している人や地元の新聞と雑誌の記者2人も参加しました。

トーランスのシニアセンター
「バートレット・シニア・シティズンセンター」
参加者は井戸端会議に参加しての感想やコンピューターについての悩みや希望などを述べ合いました。初心者がベテランから直接アドバイスを受けたり、初心者同士が同じ悩みをお互いに確認できたりするのも、「オフミ」の醍醐味です。
オフラインミーティングに参加した女性の一人は「ママには無理よ、と娘に言われました。コンピューターが思い通りに動かないので、一時、触るも嫌になりました。自分ではコンピューター拒否症候群と名づけていたんですよ。でも今では、自分のコンピューターに名前をつけているほどで、メールを出すのがとても楽しみです」とうれしそうでした。
「コンピューターを使って自分史を書き、自分なりの移民の歴史を残したい」と熱心に語る男性がいました。「今でもなぜ米国に来たかとよく聞かれる。5世や6世の時代に、自分の考えや出来事を記録したCDやデータベースがあったら素晴らしい」。シニア世代のコンピューター活用は、それぞれの夢や希望を大きく膨らませませるようです。
(2)日本語で使えコンピューター/英語社会の悩みはあるが
トーランスラーニングセンターは、日本語でコンピューターを使うシニアのために運営されています。全米に230あるシニアネットのラーニングセンターの中でも唯一のケースです。日本語によるシニア支援がなぜ重要かと言えば、米国において日本語でコンピューターを使おうとすると、参考書の入手が難しかったり、機械やソフトの故障があっても、相談者がいないなど、さまざな問題が発生するからです。
日本では月刊、週刊の参考書が書店にあふれんばかりです。その気になれば、さまざまな情報を得ることができます。身近な詳しい人に問い合わせることも容易ですし、営利、非営利のコンピューター教室も数多く、今や過当競争との見方さえあります。
2001、2002年度に実施された国のIT講習会も、シニアのコンピューター利用を促進しましたし、なかには自治体が独自に予算を支出してシニア向けの講習会を開いた事例もあります。
ところが、日系のシニアや仕事や家庭の都合で永住権や市民権をとったシニアが日本語でコンピューターを使おうとすると、事は複雑になります。
もともとコンピューターやソフトはシニアが使いやすいようにはできていません。加えて、米国では英語でコンピューターを使うのが普通ですから、マニュアルも参考書も英語だし、日本語でコンピューターを教えてくれる教室も、ほとんどありません。家族に教えてもらいたいと思っても、子供や孫が日本語ができないことも珍しくはありません。
トーランスラーニングセンターは、そうした環境にある日本人や日系のシニアのために運営されています。トーランスが成功すれば、英語圏で英語以外の言語でコンピューターを使おうとするシニアのための支援モデルになります。これもまた「デジタル・ディバイド」(情報格差)の是正に向けた挑戦といえるでしょう。
(3)片道2時間なんのその/初めての日本人向けPC教室
トーランスラーニングセンターは2001年7月にスタートしました。コンピューターの基礎とワードのコース(期間1カ月半)を中心にカリキュラムが組まれ、現在、18期、19期の受講生が学んでいます。使っているコンピューターはいずれもWindowsマシンで、通常5台。古い型のコンピューターを含めると7台まで使えます。
シニアネットの理念に基づき、1人の「インストラクター」と補佐役の「コーチ」2人が、5人から7人の受講生を教えます。受講生の最高齢は82歳。車で片道2時間もかけて通う夫婦もいるそうです。
「みなさんを手伝っているうちに私はコンピューターにとても詳しくなりました。ですから、ボランティアというよりも、自分のためにやっているようなものです」
![]() |
| ロサンゼルスにある日系引退者ホーム |
トーランス・ラーニングセンターで、ボランティアとしてコーチを務めている女性の言葉です。シニアのコンピューター学習は、ゆっくり、じっくり、繰り返し行うのが基本です。「受講するシニアのみなさんのレベルがそれぞれに違うので、教え方は難しい。初めての人に授業を合わせると、コンピューターに慣れている人は退屈するし、その逆では、初めての人がついてこれなくなります」
トーランスラーニングセンターは、ITを活用したベンチャーやシニアなどの支援を目指したNPO「SVJ(スマートバレージャパン)」が「日米コミュニティ・エクスチェンジ」の助成を得て実現したものです。実際には、SVJのプロジェクトの一つである「SNP(シニアネットパーティー)」(大阪)の関係者がSNPのメンバーである経営コンサルタント鶴亀彰さん(61)に協力を依頼、鶴亀さんの知人で同業の若尾龍彦さん(62)が自分のオフィスを提供して始まりました。
若尾さんと鶴亀さんはトーランスラーニングセンターの共同主宰者として運営にあたる一方、立ち上げ時にはインストラクターとしても活動していました。
若尾さんは、企業コンサルタントの一環として、企業の管理職を対象にしたコンピューター教室を経営したことがあり、運営に必要なノウハウはそろっていました。母団体であるシニアネットからも、コンピューターやマニュアルの提供、指導方法の研修など、ラーニングセンターの開設に必要な支援を受けましたが、提供されたマニュアルはすべて英語であるため、実際にはシニア向けの日本語の教科書を独自に作成する必要がありました。
若尾さんの奥さんのフミエさんがセンターの雰囲気づくりの中心で、講座を終えた受講者にクッキーやコーヒーなどを振舞っています。受講者にとってコンピューターを学んだ後の語らいが何よりも楽しみだからです。「修了生の中からインストラクターやコーチになる人が出てほしい。人に教えるということは、自分が習ったことの確認にもなるはず」と若尾さん。若尾さんらが作成した日本語テキストには母団体のシニアネットも関心を寄せているそうです。
トーランスラーニングセンターの意義について鶴亀さんは「ロサンゼルスは多くの人種が住んでいる国際都市で、150種類以上の言葉が話されています。日本語で教えるトーランスの教室がうまく行けば、英語圏において、他の言語でコンピューターを使うシニアのために応用できると思います」と話しています。
(4)盛り上がる井戸端/シニアだからこその話題も
「日米シニア井戸端会議」は、日本語でコンピューターを使う、日本と米国のシニア世代のコミュニケーションの場です。日本側の参加者は仙台、盛岡、川崎、熊本の各都市の20人。米国からはいずれもカリフォルニア州のトーランス、ロサンゼルス、サンフランシスコ、モンタレーの10人が参加しています。
2002年9月9日にスタートし、2003年1月14日現在、900通を上回るメールが太平洋を越えて行き来しました。一つのアドレスを参加者全員が共有する「メーリングリスト」の仕組みを使っています。
インターネットが普及する以前、いわゆるパソコン通信が盛んに行われていた当時から、この種のコミュニケーションには、自分では発言しないで、他の人の発言を読むだけの人=ROM(ロム、Read Only Memberの略)が多くなりがちでした。井戸端会議も決して例外ではありませんが、日米双方の活発な参加者の牽引力もあって盛り上がっています。
日本と米国の環境の違いを背景とする話題が目立ちます。その逆に日本という、同じ「根っこ」を持つシニア世代同士だからこそ成り立つ話題も多く、井戸端のにぎわいは予想以上です。 特に米側の河合将介さんが提供する「ロサンゼルス便り」は、機知に富み、ユーモア精神もたっぷり。井戸端会議の雰囲気を和やかなものにしている。
仙台、熊本、トーランスに1人ずついるコーディネーターも、話題を提供したり、参加者の質問にさりげなく答えたりするなど、重要な役回りを果たしています。
(5)新一世たち/リトル東京から
2003年1月、ロサンゼルスのリトル東京にあるホテルで、南加日系企業協議会の名詞交換会(新年祝賀会)が盛大に開かれていました。ドットコムバブルがはじけて以降、カリフォルニアの経済活動も厳しさを増しているとのことで、あいさつする企業関係者の表情も、今ひとつでした。
それでも名詞交換会には200人近くが参加し、日米往復航空券ファーストクラスやコンピューターが当たる抽選会などを楽しんでいました。
米国では明治後半以降、移り住んだ「移民」とのその末えいが活躍していますが、加えて日本企業の米国進出を背景に、さまざまな形で米国に住むようになった日本人がいます。彼ら明治期以降の「旧一世」と区別するときに「新一世」という表現を使うようです。
「新一世」は独特の日本語社会を形成しながら米国社会で活躍しています。「旧一世」が米国という新天地を求め、日本を「離れた」世代だとすれば、「新一世」にとって「日本」という国は、米国で暮らすスタイルの前提になっているといっても、過言ではないかもしれません。仕事でも暮らしの上でも「日本」とは密接なつながりを感じています。南加日系企業協議会の面々の発言や表情からも「新一世」の一端を感じることができました。
こうした「新一世」が急激に増え、当然のことながら高齢化の過程をたどっていることも、また事実であり、トーランス・ラーニングセンターの活動が初めての事例としてスタートしたのも、単なる偶然ではないと思われます。
英語圏である米国に住んでいるシニア世代が日本語でコンピューターを使いたいと思っても、苦労が多いことは、既に報告しました。トーランスラーニングセンター自体、英語以外の言語でコンピューターを使うシニアへのサポートを目的とする初めてのケースです。
「トーランスで成功すれば、全世界に住む英語以外の言語でコンピューターを使いたいと考えるシニアへのサポートのモデルとなるはずです」
トーランスラーニングセンターの共同主宰者鶴亀彰さん、若尾龍彦さんが語るように、コンピューターは英語を母国語として世界中に広まっていますが、英語社会において自国語の言葉でコンピューターを操作する場面については、従来あまり語られることがありませんでした。
だからこそトーランスラーニングセンターの活動が米国に住む日本人あるいは日系人シニアの関心を集めたと考えられます。「高齢化」「情報化」「国際化」の3つの要因が絡んで起きる「デジタルディバイド」(デジタル格差)とも言えるのです。
シニア世代がコンピューターやインターネットを使う割合は他の世代に比べて少ないのだから、そう大げさに言う話でもないのではないか、と受け取られるかもしれません。確かにインターネットが盛んな米国でも、シニア世代のネット参加率は、他の世代に比べて相対的には低いようです。
ところが今回のトーランス訪問で「新一世」という言葉があることを知ってからは、トーランスラーニングセンターの試みは、将来に向けた大きなチャレンジと言っていいのではないかと思うようになりました。
【13】仙台・熊本・トーランス
報告する若尾さんの2(シニアネット仙台の「サロンわいわい一番町」)
<3つのスタイル/目的は同じ>
若尾さんを迎えての日米シニア井戸端会議のオフラインミーティングは2003年2月、仙台と熊本で開かれました。
仙台会場は仙台市青葉区一番町にあるシニアネット仙台のサロンわいわい一番町。シニアネット仙台のPCサロンのメンバーら40人が参加しました。熊本では熊本シニアネットのみなさんが企画し、30人が参加しました。
若尾さんはどちらの会場でも、持参のノート型パソコンを操作しながら、トーランスラーニングセンターの活動状況を中心に報告しました。トーランス、仙台、熊本ともに、シニア世代のコンピューター活用を支援するために草の根で取り組んでいます。それぞれに運営のスタイルや背景は異なっても、理念や目標は共通しています。
オフラインミーティングを通じて、互いに与えられた環境の中で懸命に取り組んでいる様子を確認できました。ボランティア、NPOの世界は、目の前の懸案の解決に追われがちですが、異なる環境で同じ理念を追求する人々がいることを実感できるだけでも、視野が広がります。
オフラインミーティングで浮き彫りになったトーランス、仙台、熊本の特徴をまとめてみましょう。
●トーランスラーニングセンター●
全米でシニアのコンピューター活用を支援しているSeniorNetの理念の下、全米に200以上あるラーニングセンターの一つとして活動しています。センター立ち上げ時にSeniorNet本部の支援を受けましたが、その後の運営は自立的に行われています。卒業生は90人です。
受講生を指導するインストラクターやコーチ(補佐役)を努めるボランティアをどう確保するかが重要な課題で、現在、ロサンゼルスで勉強している日本人留学生の協力を得るために準備を進めているところだそうです。
●熊本シニアネット●
![]() |
| 熊本シニアネットで報告する若尾さん |
NPO法人格をとらず、任意団体として幅広い活動に取り組んでいます。登録会員は600人に達しました。ホームページで登録を受け付け、電子メールによる連絡態勢をとっているなど、メンバーになるには、最低でも電子メールが使えなければなりません。
コンピューターに関心のあるシニアがメンバーになっているのは確かですが、熊本市内各地にできている「サロン」の活動は、コンピューター学習だけでなく、山登りを活動の中心に据えている事例もあります。コンピューターやインターネットを道具に使いながら、シニアの暮らしを楽しむことに重きを置いているように見えます。
●シニアネット仙台●
NPO法人としてさまざまな活動に取り組んでいます。年齢にかかわらずシニア世代が社会的な役割を担えるような環境づくりを進める上で、コンピューターやインターネットに対してシニア世代がどのように向き合うかは非常に重要な要素を含んでいます。
「コンピューターを買ってはみたけれど使いこなせない」「ちょっと触っただけでほこりをかぶっている」など、一般によく見られる風景ですが、シニアネット仙台では「PCサロン」が中心となって実
践例を積み重ねています。
シニア世代向けのコンピューター教室は1995年以来の活動歴があります。国のIT講習が無料あるいは安価に行われ、営利のパソコン教室の競争も厳しさを増すなかで、草の根のNPOが独力で非営利のコンピューター教室を維持するのは極めて困難ですが、1対1に限りなく近い環境で指導する原則や、シニア世代の特性に合わせた柔軟なアドバイスを大切にしながら活動しています。
最近では、シニアと同じハンディを抱えた視覚障害者のコンピューター指導の分野でも取り組みを進めています。
「PCサロン」では、コンピューターを単に学ぶだけではなく、シニアの暮らしに不可欠なコミュニケーションのための道具、環境として活用する事例を少しずつ積み重ねています。コンピューターやインターネットを使ったコミュニティーづくりが現在の中心テーマであり、日米シニア井戸端会議もその一環として企画・立案されたものです。
【14】オフラインミーティング熊本編
○●熊本シニアネット 福岡壽夫代表報告
紹介頂きました福岡です。今日は遠くアメリカからおいで頂いた若尾様、本当にありがとうございました。仙台の佐藤様には、このプロジェクトを主宰して頂き、いろいろご指導頂きましてありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
今日聴衆の皆様方は大部分が我々の仲間のシニアネットの方ですので、シニアネットの現状を紹介するとまたかと思われるでしょうが、それは辛抱してお聞きください。我々のシニアネットがどのような活動をしているかを遠くアメリカからいらっしゃった若尾様や仙台の佐藤様に紹介して、若尾様のお話の前座を勤めさせて頂こうと考えています。
(スライド開始)
熊本シニアネットの目的でございますが、我々はかなり高邁なことをあげていますが「高齢者の孤立をなくし、生き甲斐の創造をはかるため新たな文化的・人的交流の場を提供する」を第1にあげています。2番目に「会員相互の研修によって情報技術に関して知識の向上をはかる」、そして3番目が「世代間の交流をすすめ、若い者と年寄りはお互いに理解に努めるようにする」という目的を掲げています。
このようなことを掲げていますが、あまり難しいことは言わずに要するにパソコンやインターネットのことを互いに教えあって、何か楽しいことをやろうじゃないかという、あえていうとこんなことで始まりました。
1999年7月に始まり10月に総会を開きました。以来毎年200名ずつ増えて、今3年ちょっと経ちまして、入会者が660名くらいになっています。唯これは入会をした数で、当然脱会者もいます。年齢構成では、50代、60代が多くてあとティーンエイジャーもおられ、80代もおられます。会員性別は、3分の2が男性、3分の1が女性です。だんだんこの頃女性の会員も増えています。住所は勿論九州でも熊本が多くて、あとは九州管内、あるいは関東管内もおおられます。近畿、海外にも若干おられます。会の活動ですが、情報の交換、教育普及として、パソコン教室をやりました。会員の交流、オフ会をおこなう、各種のサークルも作っておりまして、ここでも交流をやっています。医療福祉部もありまして、部員にはお医者さんもおられ、保健にかんする相談や健康普及活動を行っています。
社会活動というのは、あまり積極的ではないのですが、IT講習をやるとか、イベントに参加。熊本県がやるUD探索(ユニバーサルデザイン)するとかをやったこともあります。地域活動としては、県内各地に支部サロンというのを設けまして、市内に7カ所あるんですが、できたら歩いて、或いは自転車でいける地域の人たちが集まって、そこで情報の交換をしたりコンピュータのことを教えあったりするようなことに今力をいれようとしています。ネットワーク研究会というわけではありませんが、高齢者のネットワークをどう構築していくか、あるいはそれぞれの高齢者の意識調査を行ったり、若干の依頼を受けたりしてアンケート調査をやったりしています。
それから組織図ですが、事務局がありまして、教育普及、広報(ホームページ部)、保健福祉部などこのような部門を作って、組織立てしていますが、それほどきちんとした組織はできていません。熊本シニアネットも人数が増えましたのでもうすこしきちんとした組織にしなければいけないと思っています。
それから、各支部、(各サロン)というのがあります。天草から県内 主として熊本市内ですがこのようなものがあります。
これが本部がおいてある嘉島の歩師希屋です、そこに集まった面々の写真です。ここに教室があり、教育を行ったりしていました。各サロンのホームページからとったものですが、これは市の中心部にある神水サロンです。これは天草サロンです。このようにみんなで踊ったり(天草ハイヤ節)、コンピュータ以外の交流も行われています。これは黒髪サロンです。熊本大学にサロンがあり、主として大学の先生の講義を聴いたり、学生の交流もあるようです。これは龍田サロン。これは薬局の2階をかりてやってます。これは長嶺サロンといって老健施設にあります。あいている日曜日に開き、踊りをやったり、いろんな趣味の集まりが多いようです。これは帯山サロンといって主として女性が多く、墨絵をしたり、集まってお喋りされています。これは健軍サロン、古い公民館を借り、近隣の人と一緒になってやっています。会員以外の人とも一緒にやっています。これは江津サロン。新しいサロンですが、ここは電気屋さんの2階にあります。そこでやっております。今いったように天草に1つ、市内に7つのサロンがありますが、各サロンでも何人かの方がホームページを担当されています。ホームページでは月々の行事(予定表)を見ることが出来ます。広報部ホームページでもいろんなことが書き出されています。
メーリングリストちょっと古いのですが、600名ほどになると会員把握が出来にくくなっています。最初のころは”入る人、出る人は自由に”とやっていましたが、去年の8月から会員の登録制度を始めました。「再登録をしてください」とメーリングに流しました。当時619名いたのですが、返事があったのは正会員167人しかなかった。正会員は一昨年から年会費3000円を取ろうということにしました。これは会の運営の資金の一部にすることと会の一員であることの意識を高めて貰おうとの位置づけで始めたわけです。これだけでなく無料のメーリング会員というのも残しました。メーリングには誰でも参加できるが、会の規約に基づいたこと、例えば会の方針の決定、運営に関する意見を述べることなどは出来ないなど一定制約はあるんですが、いろんな行事には参加できます。このメーリング会員として登録したのが104人、すでにメーリングから外れた会員が126名。メールが停止でなく登録はされているが要求に応じて会員登録をしなかった人が202人います。ですから3分の1は会員登録していない。3分の1は正会員。5分の1がメーリング会員、そして126人はある程度脱会しているのではないか、あるいはメールがずるずると停止になっているのではないかということで、会員かそうでないかが区別ができないのですが、だいたい500人くらいが会員ではないかと思います。
次にメールについて触れたいと思います。
ということで本当の会員数は大体500人くらいですが、あまりにメールが多すぎて減らして欲しいという要求でのんびりメールというのを作っています。こののんびりメールに登録している方は66人。合わせると500人ほどが登録しています。このなかで主メールの9月から12月までの3ヶ月間を見てみますと、メールを発信した人は220名おられます。登録はしてあるが全然発信しないもの、(見ているだけ)217人。半分がメールを発信していないということです。のんびりメールに関しては66人の中の48人はただ見ているだけで、発信者は18名しかいない。こういう状況ですのでメーリングリストの登録者500人くらいの中で実際メールを書いているのが220名くらい、そういう形になっているようです。
昔私が調査したことですが、いったいどのくらいメールを出しているか4分の1(25%)の人が1回だけしか出していないんです。 5回以下の人、これが半分を占めています。中には100回以上の人も2%〜3%おります。
<スライド図示>
青いのが熊本で、赤いのが久留米、私はシニアネット久留米にも参加していますが、比べてみると久留米のメーリングも発信については大体同じ傾向です。
ここからメールの中身ですが、我々は歓迎メールというのを歓迎委員から入会した人にメールを出しておりまして、これがいろいろ評判でして、「私も会員になったなあ」と感じられるようです。
これは「メールで尋ね人」がでて探したという例です。こういうケースもあります。
これは一昨年9.11ですかアメリカのブッシュさんがアフガニスタンへの報復爆撃やろうというのに反対しようとメールに流れまして、ニューヨークタイムスに広告をだそうと、そういうキャンペーンになりました。ここのメーリングだけでなく全国で100万近いひとが賛同しメールでやりとりして広告をだしたのですが、結果はあのような状態です。
今回のイラクの問題でも我々としては、何かやらないといけないと感じていますが実現はしていません。
メールの問題での対策についてですが、着信メールが多すぎるという問題もあったんですね。それでさっき言いましたようにのんびりメールというのを作りました。会員への通知とか届くのですが、書く人は20人足らず。その場合でも書く人はメインと兼ねて書く場合が多く、大部分は主メールで役員が書いてる場合が多いので、実際のんびりで発信する人は僅かです。
メーリングでは面識がない人ばかりですので、メールの中で意見の対立があります。顔を見合わせて話すとそれほどもないことですが、メールの中で少しギスギスしている。
それで意見をやりあう、そういうことも年に何回か起こるんですね。
顔を合わせるとそんなことはなくなるんですけど、各サロンで顔を合わせるとか、オフ会に参加して、それらを無くしていくということも重要です。メールの文書が堅かったり、文字が活字体であることで馴染めないということからくることもあります。そんなときは顔文字を使うなどして和らげることも考えられます。
なぜ書かないかという、出すのは特定の人になってしまう問題があります。それは仕様のないことだと思います。見ているだけでいいよという場合もあります。いままでメールのことをお話しましたが、顔を見合わせてやるオフ会についてちょっとふれてみたいと思います。
これは去年の総会の時に行いましたシンポジューム「夢と健康を語る」。これは前会長の籏野先生(医師)と健康保険部の板井先生、お医者さんです。私がコーディネータをやりまして、いろいろ面白いお話になりました。
パソコン教室も実際色々やっておりまして、「シニアがシニアに教える」ということをやっています。古いパソコンを貰ってきて部屋が一杯になっているんですよ。
で、専門家の人に来てもらい、インストラクター養成講座をやりました。この結果かなりの方に受けてもらいました。これは県からの要請で精神障害のある方のパソコン教室です。誰も行ってくれる人がいないからシニアネットでやってくれないかという話しがありまして、3ヶ月間講習に行きました。
これは博物館のIT講習です。これにもシニアネットの会員がたくさん行って講習をやっています。(シニアネットの多くのメンバーが講師やアシスタントとして参加)
これはイベントで、情報化展というのがありまして県からの依頼がありましてブースを貸してくれまして、シニアネットの紹介をしたり、テレビ電話の実演をしたりしました。2002年の10月
これは、長谷川さんが主にお書きになってますが熊日新聞の「お助け塾」という、毎週「パソコンピポパネット」欄にいろいろ情報を出すということをやっています。
これは朝日新聞「マイチョイス」というところに掲載されたアンケート調査です。パソコンは何がいいかとか、旅行にはどこに行くかというようなアンケート調査をやってお金を少し頂くなどをやったりしました。
これはつい先日2月4日にやりました新入会員の歓迎交流会の様子です。これは新人です。去年入会された方、こちらは古い・昔からの人達です。でこれは去年の花見の様子です。いろんなオフ会をやりますが、これは天草支部を開設したときみんなで出かけた時の様子です。女の人たちだけが集まって行うオフ会もあります。男性は入れないです。あ 顔を見ると誰かわかります。アッシー君というんですか。逆に男ばかりで料理を作ったりして女性陣をもてなす会もあったりしています。これはデジタル写真の品評会です。デジタル写真をいろいろ撮ったりされる方もいらっしゃいまうので、その時の写真です。
俳句の方も同好会紙を出したりしています。これは「緑川」という同好会紙です。これは釣りクラブが太刀魚釣りに行ったときの写真です。かなり釣れているようですね。これは去年から新しく作られたハイキングクラブも人気があります。高齢者のハイキングクラブはあちこちで人気があります。山高さんという方が非常に熱心にお世話されています。もう少し近回りの「龍田山」散策クラブがありますが、これはハイキングまで至らない人が集まってやってます。毎週1回くらい近くの山(龍田山)に登ろうという会です。これは囲碁クラブです。私もここに入っているんですが、いろんな所に行って対戦します。これは恵風園(元ハンセン氏病の方の入所施設)に行って入所者と碁を打ったりしています。でそういういろいろなことをやりましたのでやさしい街づくりに貢献したとして、県知事さんから表彰状を貰ったこともあります。熊本シニアネットに賞品として時計をもらいました。一昨年のことですが・・というわけで大まかな紹介になりますが、「高齢者こそIT革命」が必要というわけです。私は考えますに、ある程度興味を持って楽しみながらやること。。これをやらなければ駄目だと、あまり肩肘張ってはいけないと思います。もうひとつメールで孤独な高齢者がある程度 慰めを感じることができるということがございます。
<情報の発信と選択>
情報の発信、受信ではありすぎるとまた困りものです。その中でも情報の選択もある程度必要だと思います。またメール以外にもオフ会など交流活動も盛んにするということが我々のネットで必要なことであります。
その中でもシニアの多様性、一つの価値観にとどまらず、いろんな経験をした方が沢山おられます。それぞれキャリアを持ってられますので、その多様性とそれぞれの特性を生かした活動が出来るのではないか、これをうまく生かすことがシニアネットにとって有利な点ではないかと思っています。
ただ輪に入るきっかけがなかなか掴めない。まあいろんなメディアから情報を得たり、隣近所の人から口コミで入会されたり、こういう会議があるときに誘って、輪に入るきっかけを作っていくことが非常に大事です。そのようないろんな活動をやるきっかけとして、何かやるぞ!という、何かやるとき「これをやるぞ」という旗振り役も必要です。ただ、これだけではいけないのです。じゃあどういう形でこれをやっていくか。こういう纏め役というか整理する人たちこういう形のリーダーを養成することがネットづくりの上で大切なことかと考えます。
最後に書きましたイベント性のことでは、「わっ」とやることにはすぐに集まりますが、それを続けていき持続性として細長くやっていくことは、また一つの技術がいると考えています。なかなかこの持続性をつけるというのも大変なことです。
最後に今後の問題点なんですがいわゆるメールやパソコン技術を教えあう、いわゆる学習面ということと、交流活動、一緒に集まって飲んだり、出かけたり、この折り合いにつてどのようにバランスをとっていくか、(一方ではもっと勉強をやろうという方もおられますし、そんなのはほどほどでよいから集まって楽しく遊ぼうとか)どのようにバランスをとっていくかが問題です。
でもオフ会などに参加しているのはある程度元気な人が出てくるんです。いわゆる”サイレントマジョリティ”声の無い会員、じっとしている会員についてどうしていくか、近回りのサロンでも元気な会員だけがワイワイやっていると隅ではじき飛ばされてしまう。声を出さない会に対していったいどういう取り組みをするかですね。すでに述べたことですが、メールを出さない会員が半分いるということです。極端に言うとサロンなんか開いていると元気な人がワーワーやっていることに、1,2回参加されても隅にはじかれる。
「サイレントマジョリティ」・・声を出さずじっとしている会員について、元気な人がどういうふうに輪に入れていくか、ちょっと難しい問題です。輪にいれるきっかけづくりが重要です。
我々いつも仲間内になってしまいがちですが、もう少し社会活動に目を向けていってそのような活動についても深めていかないといけないと思います。いろいろな意味で我々も社会活動が出来ると思いますが、その活動にどういう風に取り組んでいくかを考えていかなければなりません。今、佐藤さんのおっしゃられたような世界中のネットワークを構築してそれを広げてゆくことや、国を越えた輪を広げてゆく、そういう一つの活動になると思います。大きな活動やもう少し小さな活動をどういう風にするか考えなければなりません。
そのためには組織の運営が重要になります。メーリングリストを主体としたネットの一つの弱点かもしれませんのでそのために力を入れていかなければなりません。そのためにはリーダーというか活動家を少し充実しないとなりません。 年齢があがってきますとなかなか力が入れませんので、少し若い力を入れていかないといけません。サロン(支部)をあちこちに作って地域に広げていこうとする中で、本部と支部との関わりを一体どうするかですが、今は支部の独自性を重視するという立場をとっています。今後新しく作るときに地域社会と本部がどういうつなぎをどうとっていくかということも問題点としてあると思います。勿論活動経費をどうするのかというのも大きな問題です。皆さん大抵ボランティア活動で無報酬でやってられるんですが、今後も全部無償ボランティアでやっていくのか、あるいは会の運営経費は会費ばかりでまかなうのか、あるいは、何かの寄付をあおぐのか、仙台やお隣の久留米ではNPO法人という形が取られていますが、今の熊本の力量ではNPOを取って組織化する力はまだ無いと思います。事務的な処理、その他いろいろなことが必要で、それをやって何をするのかを考える必要があります。もう少し自由なほうがいいのではないかという意見もあります。そこらへんも今後の問題です。
一応、ここで前座として熊本シニアネットの現状をお話してあとは若尾さんから、アメリカ、世界の情勢をお聞きしたいとおもいます。これで私のお話を終わらせていただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。
【15】シニアネット仙台のIT分野の取り組み
●1995年(平成7年)8月
シニアのための市民ネットワーク仙台発足
●1996年(平成8年)9月15日
ホームページ開設 松浦さん、佐藤が相談
●1997年(平成9年)
シニア世代と女性のためのパソコン教室スタート
●1999年(平成11年)4月21日
「シニア世代(50歳以上)のPC・インターネット活用を支援する研究会」
スタート
活動グループのひとつであるパソコン教室の活動の一環として、新たに旗揚げしました。米国シニアネットとの交流活動の一環として活動を始めたもので、シニア世代のパソコン活用について意見を交換しながら、幅広い世代が緩やかに参加できるボランティアシステムの開発・構築を目指します。
「PC・インターネット研」は平成11年4月21日、仙台市若林区のサロンわい・わい石名坂で初会合を開きました。会員数は25人。初会合では、シニア世代がパソコンやインターネットを活用するためにどのような社会的なサポートが必要かについて意見を交換。研究会の進め方についても話し合いました。
●1999年(平成11年)10月
リポート「私たちで役に立ちますか?−200歳トリオのパソコン支援」をWEBにアップ
パソコン教室シニア世代研究会のメンバー3人が仙台市内で活動するNPO(民間非営利団体)に出掛け、パソコンの利用環境を整えるのを手伝いました。研究会では発足以来、パソコンやインターネットの技術を高めることと、シニア世代にとって、パソコンやインターネットの利用環境がどのよう
になっているかを勉強することに時間をかけてきましたが、3人のNPO支援はその実践編。3人の年齢を合わせると約200歳。今年の夏はとりわけ厳しく、初めての支援活動にも気合が入ったようです。
http://www.sendai-senior.org/sokius/sokiusp0.htm
●1999年(平成11年)7月
米国シニアネットとの協業スタート。伊藤寿朗理事米国へ
●1999年(平成11年)7月14日−10月8日
伊藤理事の研修報告「USA日記 」をWEBにアップ。52回。
http://www.sendai-senior.org/usanikki/itonikki.htm
●1999年(平成11年)9月
NPO法人として認証を受けた。
●1999年(平成11年)10月
シニアネット研修報告(伊藤寿朗理事)をWEBにアップ。
http://www.sendai-senior.org/pc-ken/hokoku/repo1.htm
●2000年(平成12年)1月25、26日
アン・リクソン氏招き「50歳からのパソコン広場」開催
SeniorNet、河北新報社と共催
シニア世代のコンピューター活用について考えてみませんか?シニアのための市民ネットワーク仙台は、全米175カ所にシニア世代のためのコンピューター学習センターを持つNPO(民間非営利団体)「SeniorNet(シニアネット)」の代表アン・リクソン氏を招いて講演会や意見交換会を開きました。
高齢化と情報化の問題に取り組む国内のNPOの代表らをまじえた電話会議も行いました。SeniorNetと連携しながら、シニア世代のためのコンピューター活用環境を、少しでもよくするのが目標でした。
<アン・リクソン氏を招いて講演会>
http://www.sendai-senior.org/hiroba/an01.htm
●2000年(平成12年)1月26日
シニアネット久留米、シニアネット福岡とテレビ会議。SeniorNetのアン・リクソンさんまじえ和やかに
http://www.sendai-senior.org/hiroba/tvmeet.htm
●2000年(平成12年)1月21日から23日まで
「第2回市民活動フォーラム」参加。「50歳からのパソコン広場」関連イベント。
仙台市青葉区の仙台市市民活動サポートセンターで開かれた「第2回市民活動フォーラム」(主催・市民活動フォーラムせんだい実行委員会、仙台市)に参加。
●2000年(平成12年)3月
仙台と九州を結ぶメーリングリスト「アクロス」スタート
米国のNPOシニアネットの代表アン・リクソンさんが来日した際に、仙台と九州を結んで行ったテレビ会議が縁となりました。
http://www.sendai-senior.org/hiroba/acrosspre.htm
●2000年(平成12年)4月
佐藤理事、米国へ。SeniorNet(シニアネット)協業プランについて協議。
WEBに「報告 あめりか・日本・NPO」をアップ。13回
http://www.sendai-senior.org/jucee/jucee.htm
●2000年(平成12年)8月
日米インターネットコミュニケーション実験スタート。
SeniorNet(シニアネット)との協業プラン。翻訳介して日米電子メール交流実験。
http://www.sendai-senior.org/exchange/kyogyorepo.htm
●2000年9月
PCサロンスタート。
PC教室と「シニア世代(50歳以上)のPC・イ
ンターネット活用を支援する研究会」が合流。交流サロン、WEBチーム新設
●2000年(平成12年12月)
日米NPO連携WEB開設 http://www.sendai-senior.org/2npo/
●2000年(平成12年)12月31日から1年間
インターネット博覧会に参加。担当シニアネット仙台PCサロンWEB
チーム 。
インターネット博覧会は2000年12月31日にスタートしました。シニア
ネット仙台は仙台市の依頼を受け、インパクに参加しています。仙台市が出展し
ているパビリオンは「仙台学舎」。「シニア」「パソコン」「ボランティア」を
キーワードにし、NPO、企業、学識経験者らが協力して、実行委員会「電脳仙
台市民協働プロジェクト」を組織しました。
●2001年(平成13年)1月
フリートーク「デジタル格差をなくそう」をWEBにアップ。
http://www.sendai-senior.org/freetalk/devide.htm
●2001年(平成13年)2月
PCサロンに「おしゃべり会」
●2001年(平成13年)3月
メーリングリスト「お茶の間ネット」スタート
●2001年(平成13年)6月
吉田プロジェクト(仮称)
・目的:「視覚障害者」を中心に、Via Vioce、Homepage Readerなどの促進を図る。
・期間:2001年6月〜2002年3月まで
●2001年(平成13年)夏−
日米インターネットコミュニケーション(パート2)
2000年の経験を生かし、日米インターネットコミュニケーションは、米国シニアネットのウエッブコミュニケーション「ラウンドテーブル」のプログラムとして実施されました。翻訳者を間に置くコミュニケーションの仕組みは2000年と同様です。
●2001年(平成13年)10月
SeniorNetの有名人・ドロシー・ミラーさんにインタビュー「イン
ターネットを楽しみましょう」。WEBチーム。
http://www.sendai-senior.org/topic2001/dorothy.htm
●2002年(平成13年)1月29日、31日
日米シンポ「シニアとITを考える」を仙台、東京で開催
・ジョー・タルタリーノさんの報告「米国シニアネット・ラーニングセンターの挑戦」
http://www.sendai-senior.org/2forum/2forum.htm
<シンポジウム全文>
http://www.sendai-senior.org/simpo/index.html
●2002年(平成14年)9月
日米シニア井戸端会議スタート
視覚障害者支援継続
http://www.sendai-senior.org/top.htm
【16】視覚障害者のコンピューター教室
2001年度最終の1〜3月に4名の視覚障害者を受け入れて実験的にパソコン教習を行い、カリキュラム作りを致しました。試行錯誤、五里夢中ではありましたが「歩きながら考える」ことで何とか少しでも役に立てたら・・・との思いで2002年度をスタート致しました。
イ. 2002年度前半は教室のコーチ18名から「視覚障害者へのPC教習に理解と協力を求め」8名参加で勉強会を実施。
視覚障害者のPC教習は基本的に音声ソフトを頼りにしてモニター画面を使用しない方法を採用するも、それまで使用していた95READER(株式会社システムソリューションセンターとちぎが作成販売)はWindowsXPに対応出来ないことからPC-Talker(株式会社高知システム開発作成販売)に変更を決定。
ロ. 受け入れ先として仙台市視覚障害者福祉協会を最優先することとして当該責任者との接触と検討を行い受講者決定を委託した。
ハ. 10月からスタート。 1教室2名を限度としたことから一番町のほかに本町教室も使用して2名+2名の4名を受け入れることとする。外出が不自由な方が短時間の教習では効率が悪いと言う要望と反省の結果から、3時間1単位で週1回、4回を1コース(12時間)と設定。
ニ. 10月度2名、11月度4名、1月度2名、2月度4名と3月15日を最終に、12名を教習した。
ホ. 教習には全くのPC未経験者から市や県のIT講習会を終了した方、更に失明以前にPCを使用していた方と様々なスキルの方も参加したが、これまでの経験を基にそれぞれの方に満足を頂ける教習が出来たと確信している。
教習については、バリア克服と情報デバイドから開放するためのHP閲覧と電子メールを出来るまでを教習したが、半数の方がPCを所有していないことに対するサポートをするまでには至っていないことが課題と考えられます。
販売業者との協働がこの先の重要なポイントとも考えます。個人的な活動ではありますが、この2年間若林区障害者福祉センターが主催するリハケンたいはく(太白区リハビリ研究会、隔月開催)への参加で行政、医師、福祉施設関係者との勉強会で視覚障害者特に中途障害者の課題点に対する目標も出てきていると感じております。
この先、15年度は宮城県視覚障害者福祉協会からのPC受講の受け入れ及び日本障害者雇用促進協会 宮城県障害者職業センターから視覚障害者PC教習を受託することがほぼ決定しております。更に幅を広げた活動が可能であるとも考えております。