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【特別寄稿】ベトナム戦争以来最大規模の反戦抗議行動−20万人が集まる!
                日米コミュニティ・エクスチェンジ プログラム・アソシエイツ 石川結加さん
 「日米コミュニティ・エクスチェンジ(JUCEE)」のプログラム・アソシエイツ石川結加さんから特別リポートが寄せられました。サンフランシスコで行われた反戦抗議運動の様子です。


サンフランシスコ市役所の前の集会
マーケット通りのデモ行進
 マーティン・ルーサー・キングの誕生日の記念祝日にちなんだ2003年1月18日(土)、サンフランシスコ市内を東西に伸びるメインストリートであるマーケット通りは、人、人、人で埋めつくされた。顔にアメリカの国旗を塗り「沈黙の抗議」を現すために口にテープをはった人、「石油のために血を流すな」と書かれたプラカードを持った人、ブッシュ大統領を皮肉った巨大な人形をかかえる人々。これらの人々は、大量破壊兵器を隠し持っているイラクが国連軍縮査察団への報告を偽わっていることを口実として、根拠のないイラク攻撃を開始としているブッシュ政権に抗議するために集まったのだ。あるメディアの世論調査によると、60%以上の回答者が国連安全保障理事会の全面的な支援と国際社会の理解を得た上での武力行使を支持しており、3分の1の回答者は国連の決議に関係なく戦争を開始すべきとしていると報告している。

 当日は船やバス、車などの交通手段を使って遠方から駆けつけた人も少なくない。この日、サンフランシスコの反戦行動に参加した人々はメディアによって多少の違いはあるが、3万人、4万人とも言われている。今回の反戦行動はサンフランシスコだけではなく、ワシントンD.C.、オレゴン州ポートランド、フロリダ州タンパ各地でも開催された。これら反戦行動に参加した人々は全米で20万人と推定され、この数は、ベトナム反戦行動以来最大規模であるといわれている。

 サンフランシスコでの抗議行動ではエンバカデロ通りから市役所前までの約2キロメートルを4時間かけて行進するもので、市役所前では集会が持たれた。この集会には2001年9月14日、唯一アフガニスタン武力報復に反対したバーバラ・リー上院議員を始め、俳優のマーティン・シーンや歌手のジョーン・バイエズなども民衆の前で演説あるいは歌を唄い反戦を訴えた。

 今回の反戦行動のもう一つの特徴は、単にイラク戦争を予防するだけではなく、環境破壊、経済のグローバル化、人種主義等に反対するとともに、イスラエル、コロンビア、インドネシア、アンゴラなどの国々における平和を訴える人々など幅広い支持者を得て行なわれた。

 反戦の輪は全米のみならず、世界の幾つかの都市にも影響を与え、連帯の意志を表明した。例えば、東京、福岡、大阪、パリ、モスクワ、カイロなどである。

 このように平和反戦の輪は確実に草の根から国際レベルまで広がっている一方で、戦争を支援する勢力あるいは反戦の行動を権力で押えつけようとする動きもある。18日の当日、市役所の集会でのブラスバンドの裏で戦争を擁護する人々による集会が持たれていた。「左翼はアメリカを憎悪している」「我々の兵器を支持しよう」などのプラカードが掲げられ、集会の主催団体代表が「9月11日より酷いことが起こりうる。即刻サダム・フセインを失脚させよう」と支持者に訴えかけていた。また、抗議行動中、ハンカチーフで鼻と口を覆った参加者が過激な行動をふるったとして2人が逮捕されている。

 今回の反戦デモの参加者に何故今日参加したのかインタビューしたところ、「私はフセインは誤っていると思うが、そのことは戦争を開始すべきとする理由にはならない」や「今アメリカは不況の真っただ中であるので戦争をしている場合ではない。今こそ低所得者も中流階級者層も一体となって戦争をふせがないといけない」という回答がかえってきた。

 2001年9月11日のテロ事件当時の反戦の闘いと比較すると、アメリカ人の意識も変わってきたという印象を持ったと同時に、これらの民衆の声をいかに国会に届けられるのか、これからがアメリカの「民主主義」を問わなければいけないと感じた。そして、足下の平和運動を国連を巻き込んだ国際的なうねりに高めていくことの重要性を痛感した。(日米コミュニティ・エクスチェンジプログラム・アソシエイツ 石川結加)
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