平成15年新春特別号
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シニアネット仙台 会報へのお誘い(平成15年新春特別号)

新春放談 593歳のパワー、今ここに!




 仕事始めのサラリーマンたちで街も賑わいはじめた2003年1月6日、シニアネット仙台の「サロンわいわい一番町」では、元気なシニアが集まり大内理事長を囲んでの座談会が行われました。おせち料理から青春時代の話し、はたまた政治経済に関することや将来の夢まで、長い人生経験と豊かな知識や技能を持ち合わせた70歳から82歳まで8名・593歳のパワーが弾けた"新春放談"。 早速のぞいてみましょう。

<出席者>
今泉令而さん(76) 大内秀明さん(70) 菊竹咲夫さん(70)
平原君枝さん(82) 久保田誠さん(76) 小坂栄子さん(74)
小室玲子さん(71) 平泉一澄さん(74)

−ちょうど昼時、臨時の"サロン居酒屋"に用意されたおつまみとお酒を目の前にして最初の話題はやっぱり、おせち料理。8名のうち東北出身は2名、あとは東京、広島、福井などまちまち。はたして土地によってどう違うのでしょうか

##我が家・我がふるさとのおせち料理 あれこれ##

平 泉
 みなさん、あけましておめでとうございます。仙台のお正月料理には、なめたが欠かせないようですね。
小 室
 なめたは家によって、年越しに必ず食べる家と、お正月に食べる家があるんです。私のところは、年越しのほうでした。
大 内
 僕は東京で生まれましたが、中高生の頃は小田原に疎開していました。かまぼこに関して言えば仙台と小田原は対立するけど、やっぱり小田原の方がうまいなぁ。
今 泉
 仙台のかまぼこではなく、白謙(石巻)のかまぼこと比べないと。だけど、我が家ではおせち料理は作らないことにしている。そもそも、おせち料理は冷蔵庫のない時代の保存食だからうまいはずがないよね。
平 泉
それは作り方にもよるんじゃないですか。(笑い)
小 室
 松島湾でとれたハゼのお雑煮は美味しいですよね。秋にハゼを釣って平焼きにしたあと干してとって置くんです。主人の転勤で広島に行ったとき仙台の雑煮を説明した後で召し上がっていただいたら、とても美味しいと喜んでいただきました。 お雑煮といえばもちですが、関西は切り餅でなく丸もちなんですよね。
平 泉
 そうそう、僕は東京に行くまで、餅は丸いものと信じていました。
平 原
 関西はもちは焼かないで、そのまま煮るって方法なんですよ。
大 内
 僕の母と妻が九州出身ということもあり、やはり丸もちでしたね。でも、お雑煮の味は仙台よりさっぱりしてる東京風がいいな。
小 室
 私もずーと転勤族でいろんなところをみてまいりましたが、切り餅は二種類あって東京はせいぜい厚みが1.5センチから厚くても2センチまでいかないと思うんですが薄く大きくのばすんです。ところが仙台は厚みがあって切り目が大きくなるので粉がつくところが少なくなる。そうするとカビがはえにくいし切り口を焼くとやわらかくなるんです。私も主人も仙台人なので、どこへ行ってもお雑煮だけは仙台風で通しています。
今 泉
 我が家では大晦日にすきやきをするんですが、そこにもちを入れて食べます。
小 坂
 それは雑煮じゃないですよね。
大 内
 今度シニアネット仙台で、もちつきでもやりますか?
菊 竹
 いいですね。
今 泉
 サンモール一番町の真ん中で、うすでも置いてやりましょうか。
久保田
 節分にでもどうですかね。今年の12月まで待てないでしょう。(笑い)

−と、もち談義で盛り上がったところで話は新しい年の話題に移りました。

##生きている間は昔のようには戻らない?##

平 泉
 僕は1929年、あの世界恐慌の時に生まれたのですが、調べてみるとあの頃は「大学は出たけれど」という流行語があったり、今ととても似ている気がするんですけどね、どうなんでしょうか。
大 内
 バブルという言葉は、もともと言葉そのものはサウスシ−(南海)バブル(泡)といって、南海会社の株が大暴落し、海の泡(バブル)で破裂するのにひっかけて経済が破綻するということで言ったんですよね。今は、お金はないわけではない。あることはあるんだけど健全な形で投資できない、お金が変な形で宙に浮いていて、投機としての土地の値上がりや株の値上がりはもともと健全な形でないので破綻する。
 健全な形で経済がちゃんとなるには、構造改革が進まないとバブルはおさまらないし、いろんな形でバブルがくりかえされるんですよ。昔のサウスシーバブルは1720年からはじまり1820年代にやっと終わるんだけどね、100年はかからないと思うけど今もある意味では似たような状況なので、私は、我々が生きている間には完全に安定したものにおさまるとは思ってないんです。だからバブルに飲み込まれたり大やけどを負うような馬鹿なことをしないように知恵をもつことが大事だと思っています。
 「一年や二年で不良債権を処理してみせます」とか「財政赤字をどうするか」と言ってもできっこないんです。政治家は票欲しさにホラを吹いてるけど、そんなのに踊らされてやってる時代ではないし、我々は長い間苦労して生きてきましたから、あせらないで。生きている間にそんなに昔のように戻ることはないから・・・。
久保田
つまんないねぇ。
大 内
 いままでがおかしかったんだから。
久保田
 じゃ「政府は一体何してるんだ」と言ってもしょうがないでしょ。
大 内
 ある意味ではね。しかし政府はやりますやりますって約束してんだから・・でもやっぱりだめかな。
今 泉
 私は、戦争と仙台沖地震と円高株安が差し迫った3つの危機だと考えています。 それで、戦争によって奪われた青春と同じように、「老春」まで奪われないように、われわれシニアの知恵と経験が必要になると思います。
小 坂
 私は朝鮮から引き上げましたが、日本は、収奪ではなく、投資をしてきましたから、帰らないでといわれましたよ。
大 内
 そういうプラスの遺産を生かして、国交正常化することが大事でしょう。

−さて、現代から少しだけ昔にタイムスリップし、何と言ってもみなさん戦争を体験した方たちばかり、当然いきつく話は−

##我らの思春期は、教育は##

平 原
 私は広島で原爆に合いました。幸い一家全員無事でしたが、新聞によると、一家全員無事だった世帯は2500世帯しかなかったそうです。
平 泉
 日経新聞によると、"マリコ・テラサキ・ミラー"さんが日本に来て講演されたのですが、講演内容は「日米のハザマに生きて」ということだったらしいのですが、現場で「人生の始まりは70歳」と直して、70歳を迎えた自分を「涙をたたえた世代」というふうに表現されたそうですね。「幼い時の戦争体験に涙を浮かべるが、溜まった涙を流すのはがまんできる、悲しみに耐えうる世代の意味なのだろう」と書かれていますが、シニアとは、幅が広い世代を指すと思うのですが、我々70代もシニアシニアと軽く言われてたまるかと思うのですがそういうことは無いですか?
平 原
 70代の人に対して80代から見ますとね、私はまだ大正デモクラシーの余韻がありますから事変が始まるまでは本当に楽しい生活してましたね。事変が始まってから一転しました。それから女学校4年生5年生の時は被服廠の仕事をみんなで分担したり兵器廠へ火薬の玉を詰めに行ったりと180度変わりましたけど、それまでは小説読んだりいろんな楽しい時期を過ごしてきましたから、70代の方の話を聞くとお気の毒になりますね。
菊 竹
 僕は九州で生まれ、小学校は東京でしたが集団疎開もしました。疎開した後また九州へ帰ったので大空襲を逃れる事ができたんですが、あのまま東京にいたらと思うと、幸運でしたね。僕ら小学校時代は空襲が多くて学校へ行ってもすぐ家に帰ってくるので、特に漢字が出来ないんですね。最近はパソコンだから書けなくてもちゃんと出てくるからいいけど。80代と70代の思春期,10代の過ごし方は違いますね。終戦のときが15歳なんですね。
大 内
 そういう意味では我々の小学校の基礎教育は国民学校で非常に不安定でしたね。僕は書くのが商売だから、和英辞典と英和辞典はいつもカバンの中へいれて持ち歩いているのですが、和英辞典は漢字をみるのに必要なんですよね。
菊 竹
 また、残念なのは中学校・高校と歴史の教育をあまり受けてないということなんです。だから基礎的なこともなかなかわからない。
小 室
 歴史の教科書に墨塗らされて買わなくなりましたね。
平 泉
 それから教育勅語というのがありましたよね。
小 室
 丸暗記させられました。
全 員
 そうそう、(全員うなづく)
小 坂
 教育勅語を知っている出版社がアメリカで売ったらすごく売れたんですって、こんなに素晴らしいのになぜ日本でやらないんだということがあったそうですが。
平 泉
 皇紀というのもありました。
今 泉
 紀元は2600ねーん♪♪

−さて、厳しい時代を生き抜いて、ますます元気なシニアの皆さんの今年の夢は?

##今年、私はかくありたい。あんなこと、こんなこと##

久保田
 僕は、この間の会報にも書きましたが、『昭和の風物詩』をテーマにした本を出版したいと思っているんです。軍国主義に偏らない良き時代の風物を集めて本にできればいいと考えているのですが、山本夏彦さんや久世光彦さんの「昭和恋々」に負けないようなものをね。話題になるようなものなどは、一応ピックアップしているんですが、こんなのはどうかというようなものがあれば、また仲間になってくれる人がいれば名乗り出てくれると嬉しいね。あれから数人名乗り出てもらってはいるけどね。
今 泉
 再来年77歳になるのですが、数年前から趣味を漫然と楽しむだけでなく目標をもって取り組むことにしたんです。喜寿にむけて大好きな曲を4曲入れて自分のCDを作るのが夢です。僕はバイオリンを弾いているんですが、ビオラとチェロは仙台フィルに協力してもらいピアニストは小林さんに頼んで探してもらっている。CDと一緒にカルテットを毎日1時間練習しています。
菊 竹
 僕は持病があり、完全に治ることはないが今の状態をどれだけ維持できるかが重要なんだけれど、PC教室に入ってサポーターを始めてから2年くらいになります。人に教えるのは面白いですね。技術を高めてもっと教えられたらと思っています。教育は感動と達成感が得られる。出来ないことが出来るようになると70代の人が50代に見えてきます。顔が輝くんです。それを見るのが楽しい。視覚障害者用パソコン教室もあるので、今度はそれに挑戦しようと思っています。
小 室
 私も目の病気があって、かなり視力が落ちているんですけれど、緑川さんから視覚障害者のためのパソコン教室があると聞いていましたので、パソコンは魅力があるし、習いたいなと思っています。
平 泉
 僕は、東北各地の伝統こけしの収集をやっています。こけしを作っている人のところへ出かけて集めてきたものばかりですが、東北の土の匂いがするのがいいですね。このこけしのコレクションは自分が生きた証として残せるかなと。そして、ホームページを作って系統立てて全国に紹介できたらいいなと思っています。
小 坂
 私の夢はピースボードに乗って地球一周の船旅をする事です。3ケ月かかりますが、途中上陸していわゆる観光地ではないところを見られるのが魅力なんです。
平 原
 ひだまりに関わっていますが、もうボランティアをする側でなくお客様として関わりたいと思っていましたが、もう少しがんばろうと思います。
大 内
 僕は、やり残した1年の残務整理をします。書き残した本をまとめようかと思っています。
 まだまだお話は続いたのですが、記事はこの辺で‥
とっても素敵で瑞々しい593歳に乾杯!!
今年もよい年でありますように。

<編集後記>
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します(編集一同)。新年特別号をお届けします。
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに始めて老いが来る。歳月は皮膚のしわをますが、情熱を失うときに精神はしぼむ。そんな言葉を思い起こさせる本当にお元気な座談会でした。 お互いに元気で頑張りましょう。
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