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連載「東京日和・見」A
 美しい老いへの祈り、映画「ユキエ」を見て

写真右が木村民子さん。
1997年、デンマークの高齢者集合
住宅を訪問した際に撮影

 木村民子さん(「高齢社会をよくする女性の会」運営委員)


 試写会のご案内をいただいて「ユキエ」という映画を、一足早く見ることができた。

 ガンを告白して話題になった倍賞美津子扮するユキエは、朝鮮戦争で日本に派遣されて来た空軍パイロットのリチャードと知り合い、親の反対をおしきって渡米。結婚してからもう40年余りが過ぎ、初老にさしかかったところ。その間ユキエは時折望郷の念にかられるが、二人の息子にも恵まれ、幸せに暮らしていた。息子たちもそれぞれ成長し、夫婦二人だけの静かな生活が再び始まるが、ユキエは次第に異常な行動をとるようになっていった。リチャードはそれを自分がかつて犯した不名誉な事件で失業したことの心の傷と信じ、妻の病気を癒すために汚名を雪(すす)ごうとするが…。ユキエは実はアルツハイマー病にかかっていたのだ。痴呆が進んで行くユキエを、リチャードは深い愛情で包み、息子たちの手も借りず、一人で献身的に介護をする。

 つまり、この映画は日本の高齢者問題などについての現状告発ではなく、アメリカ南部を舞台に、妻が痴呆症である初老の夫婦を美しく、静かに描いている。

 顔もわからなくなった息子たちにユキエは言う。「これはあなたたちへの『ゆっくりしたお別れだ』と思うのよ」(「愛する人にスローグッバイ」とコピーにある。)

 私は、このシーンで涙がにじんだ。映画のクライマックスでもあるが、痴呆の父が思い出されたから。父は晩年私の名前も顔もわからなかった。しかし、混濁していく意識の中で、必死に抵抗しようと、私の名前を紙に書いてくれと頼み、飽かずそれを眺めていた。父は「ゆっくりしたお別れ」もできなかった。

 見終わって、監督の松井久子さんと話す機会があって、私は言わずにはいられなかった。「痴呆症って、現実には映画のようにはいきませんよね」 

 「もちろん、あれからが大変なんです。でも映画だから、私は理想の老いの姿を美しく描きたかったんです」

 日本では介護の社会化をめざして成立したはずの公的介護保険が、「在宅介護」の名のもとに、再び家族に介護を押しつけようとするおかしな動きがでている。「介護はプロで、家族は愛を」は、かけ声だけに終わってしまったのだろうか。

 この映画では、アメリカにおける高齢者福祉にも触れているが、リチャードは決して孤立していない。近隣の友人が留守宅に来てはユキエをみてくれる。施設も受け入れようとする。介護者向けのカウンセリングもある。そのうえで、家族がどういう老いを引き受けるのかの選択なのだ。

 果たして、「自分の老後は妻にみてもらうのが当然」という日本の夫たちは、痴呆の妻をこのようにやさしく看病してくれるだろうか。原作に共感した松井さんが、老いた夫婦の理想的な愛情を描くために、日本ではなくアメリカを舞台にロケを敢行したのは、もっともなことである。リチャードが見せるユキエへの慈しみのまなざしに思わずため息をつきながら、私は、アメリカ人の夫を持つユキエが羨ましくさえ思えた。


木村民子さん略歴
 大学卒業後、出版社編集部(潮文社)勤務、現在、「三井海上ライフデザインラボ」チーフディレクター 、「高齢社会をよくする女性の会」運営委員等
 著書『私の一歩を始めたい』『女が素敵な子どもの本』
 


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