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デンヴァーの風  その33 紫パンジーは厳冬に負けなかった 秋山晃通


【日米シニア井戸端会議 関連特集】
 米国コロラド州デンヴァーの秋山晃通さん(74)からエッセー「デンヴァーの風」が届きました。秋山さんは、シニアネット仙台運営しているシニアのための電子メールコミュニケーション「日米シニア井戸端会議」に参加しています。エッセーは不定期で続きます。

 デンヴァー界隈は、11月末から小雪、大雪の日が、毎週のように繰り返されます。わが家の屋根も庭も白銀に包まれます。10月末の菜園は越冬のため、写真でご覧のように、隅にパセリの大株が一つと、小松菜を2株残しました(タネが欲しいため)。

 写真の右隅に少し黄色い花がみえます。その隣が浅葱です。写っていませんが、その隣に紫パンジー10株ほどが植えられています。花色は紫と黄色と白の混ざった近年流行りの交配種。私は、デンヴァーの冬に曝される、これらの草花がどうなるか興味が湧きました。

晩秋の裏庭
雪の朝、表庭

 11月の雪では、パセリも小松菜も赤、黄、青、白の胡蝶菫の群れは枯れませんでした。しかし、クリスマス時期には、パセリ、小松菜、黄色、赤の三色菫は雪と寒気で黒くなって死にました。ロサンジェルスで暮らしたときは、毎年、いろいろな草花を楽しみましたが、晩秋時期には、鉢植えなので全部捨てていました。(鉢植え越冬を私は試したが無理でした)

 デンヴァー界隈05年1月には、マイナス15℃の夜が数回ありました。しかし、青紫パンジーの一群れは枯れません。雪の朝は、花も葉も雪に包まれています。ただし、そこは裏庭でも特に日溜り時間が一番長く、南東に面したところで、北風も家屋の壁が防いでいます。デンヴァーの気候は変化が激しく、夜間は吹雪でも昼間は快晴になります。正午近くには、道路や日向の雪はほとんど溶けてしまいます。

 ♪ スミレの 花 咲くころ …… ♪
 宝塚少女の可憐さは、弱い存在という少年期の先入観があるから、その感慨は意外性の歓喜に嬉しくなりました。私は、クリスマスの頃、冷たく諦観しました「このスミレは強いな……しかし、2月までには枯れてしまうだろう……」と。私は、ソ連のシベリヤで抑留された日本兵士を思い出しました。『異国の丘』の歌詞とメロデーが蘇りました。マイナス15℃の夜は、裏庭のパンジーの運命と、収容所で非情な洗脳係上官の総括裁判で、シベリヤ凍土の丘に墓標のごとく立つ杭に縛られ、亡くなった日本兵の姿をかさねました。昭和23年ごろ、運良く帰国した兵士が呟くように述懐した悲劇の伝説『暁に祈る』。人は、ぐったりと首を垂れて……シベリヤの寒気はデンヴァー界隈の比ではない……が。

 朝、私などは冬帽子、手袋に着膨れて裏庭のパンジー、いかにおわすとばかり見にいきました。指先で雪を払い落としました。「うわー 生きている!」よーく観察しました。元気のよい葉と花びらには、枯れた花弁と葉が絡み合っていました。株全体を枯れたものが、ごく当たり前の姿になって、セントバーナード犬のように寄り添い、新芽と生き残るものにかすかでも暖気を与え、寒気を少しでも防ぐ役をしていたようです。

 私は、夏季には、毎朝、摘み挟みで、枯れかけた花弁や葉を取り除いて、ただ、元気のよいものだけと美しさだけを、自分の満足にしていました。もし、私の手が加えられていたら、彼女らは一回目の雪やマイナス3℃でも死んでいると思います。10月初旬から、偶然に成り行きを自然に任せました。私から見捨てられたようなパンジーは、不平不満も言わずに、大地の片隅で自分の力で生き抜きました。きょうは2月末日です。このところ小春日和が続いています。

♪ 春が来た 春が来た 何処に来た 山に来た 里に来た 野にも来た ♪
(続く)
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