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なんでもシネマ(21)

「真実の判定」


  英米の法廷では、一般市民が判決に参加する陪審員制度がとられている。日本も市民が裁判官と一緒に審理する「裁判員制度」が、早ければ2009年にスタートする。

 陪審員制を知る一番の教科書は、シドニー・ルメット監督の「十二人の怒れる男」(1957年)だろう。少年は父親を殺したのか? 証拠は少年の犯行を指し示している。男性陪審員12人のうち11人までが簡単に有罪で一致するが、1人だけが有罪の根拠に疑問を投げかける。全員一致が原則だけに、審理の過程で新たな事実が明るみに出て、判断を翻す陪審員が増えていく。互いに名前も知らない同士が、虚飾をはぎ取られてぶつかり合うさまはスリリングだ。真っ正面から「民主主義の権利と義務」が語られているのが、今ではまぶしい。

 議論下手な日本人ならどうなるか。答は中原俊監督の「12人の優しい日本人」(91年)だ。もちろんルメット監督の名作が下敷き。1人の異議で審理が迷走する設定は同じだが、こちらは陪審員に女性3人を加え、無罪と有罪の間を複雑に行き来させることで、スリリングでありながらコミカルな仕上げ。陪審員制もしっかり考えさせる。

 米国では90年代に、マフィアが陪審員に審理を曲げるよう強要していたことが明るみに出た。ブライアン・ギブソン監督の「陪審員」(95年)は、この事実に基づく。息子の命と引き替えに無罪の主張を迫られる女性の孤独な闘いを迫られる。制度への失望感、警察・検察の無能ぶりも描かれるが、審理歪曲を迫るマフィアの殺し屋との愛憎劇にも比重が置かれ、中途半端になった。

 実はビリー・ワイルダー監督の「情婦」(57)の方が、陪審員制の危うさを突いて怖い。未亡人を殺害した夫のために、妻は弁護士を騙して巻き込み、陪審員の心理を逆手にとって無罪を勝ち取る。だが、意外な"審判"が待っていた。どの作品にも、人が人を裁くことの厳しさが潜んでいる。(直)
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