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なんでもシネマ(20)

「一方的な愛」


 10年前の外来語・略語辞典には、ストーカー(忍び寄る人)はまだ登場していなかった。今や「ストーカー」は凶悪事件の引き金として、テレビや新聞を度々騒がせるようになった。愛には色々な形がある。一方的な愛だって、あるだろう。ただ、人間はそう意志強固ではないので、その愛が、心の外にこぼれ出した時には、さまざまな波紋が広がる。

 スペインのペドロ・アルモドバル監督の「トーク・トゥー・ハー」(02年)は、人はどれだけ愛を捧げれば、本当に触れ合ったことになるのか−を問い掛ける。

 昏睡状態で眠り続けるバレリーナーと女性闘牛士。バレリーナーを愛する看護士ベニグドは4年間、彼女に触れ、話しかけながら介護を続けてきた。一方の作家マルコは、闘牛士の突然の事故に動転、ただ悲嘆にくれる。ベニグドは眠り続けたままの彼女と結婚したいとまで望み、一線を越えてしまう。介護を外され、捕らわれたベニグドは自殺する。闘牛士は亡くなり、バレリーナーは奇跡的に回復する。ある日、マルコは回復したバレリーナーと劇場で出会い、一瞬にしてベニグドを接点としたある種の親近感を覚えるのだ。

 一方的な愛はある意味で破綻した。だが、彼は知らなかったが、彼が望んだ彼女の回復は果たされる。奇跡をもたらすのも愛だ。ベニグドの語りかけが、胸の奥底に沈んできて、愛の不可思議さに思いをはせてしまう。

 「髪結いの亭主」のパトリス・ルコント監督が描く一方的な愛はまた違う。「歓楽通り」(02年)は、薄幸の娼婦を幸せにしたいと奔走する男の話だ。見返りのない愛は、彼女の死で断ち切られるが、思い出の中に彼の幸せは続く。戦時下パリの抑圧された人たちの生き様と重なって美しくも哀しい。

 塚本晋也監督の「六月の蛇」(03年)は、相手を思いやりながら、その実気持ちが通じ合っていない夫婦に、ストーカーが突きつけた写真が、人間本来の欲望を暴き立てる。様々な愛は官能の世界で初めて本音をさらけ出す−を知らされて心が騒ぐ。(直)
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