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なんでもシネマ(13)

足すか引くか


 宮廷音楽家サリエリが本物の天才モーツァルトに出会い、自分の才能の無さを嘆き、ついにはモーツァルトを毒殺するー。虚実ない交ぜにした「アマデウス」(1984年、ミロス・フォアマン監督)は、ミステリアスな展開、豪華な衣装美術、巧みに織り込まれたモーツァルトの音楽、それらが一体となった一級の娯楽作だった。元々160分と長尺だが、監督の手で20分追加されたディレクターズカット(完全版)が上映されている。

 人間モーツァルトがより浮き彫りにされ、冗長さを感じないで一気に見ていた。音もデジタル化され、モーツァルトの音楽の魅力が一層際だっていたのも印象的だった。

 監督はやはり撮ったものをできるだけ多く使いたいもの。それに対して製作会社はあまり長い作品を喜ばない。長すぎると観客が拒否反応を起こすし、1日の上映回数が少なくなる…。芸術性を優先する監督と製作会社の実利追及は何度も衝突している。黒澤明監督は「白痴」(1951年)を265分の作品として完成させたが、松竹首脳と衝突、結局166分の大幅カット版が上映された。監督が描こうとした全容を今は見ることができない。

 ただ、最近は一度興行的にヒットした作品が、再編集されて登場することが多い。22年ぶりに53分が追加されて一昨年公開された「地獄の黙示録」(1979年、フランシス・フォード・コッポラ監督)は、その代表格だろう。戦争が持つ狂気と虚無をより多面的に描き出してはいるが、前作より説明的になった分、見る側の創造力刺激が薄れたようにも感じた。

 一方で「映画は省略だ」という製作態度がある。映画史上最も独創的といわれるフランスの監督、ロベール・ブレッソン(1901−99)の「抵抗(レジスタンス)」(1956年)や「スリ」(59年)は、切りつめられた映像がもつ緊張感に魅入られてしまう。足すか引くか、難しい。(直)


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