なんでもシネマ
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なんでもシネマ(3)

「時」を超える


 階段を下り、その店の扉を押すとき、必ず逡巡してしまう。何時に行こうと も、帰りは決まって午前様になってしまうのだ。

 時間を忘れてしまう。だが、決して酔いつぶれているわけではない。1杯のカ クテル、レコードで流されるジャズ…。そんなものをきっかけに始まるマスター との会話が、楽しいからだろうか。

 映画館でも似たような感覚にさせられる。扉と遮光の幕をくぐり抜け、ほの暗 い中に入ると、そこは非日常の世界だ。僕は銀幕の上の人物に同化して悲しみ、 喜ぶ。だが、1歩外に出ると、現実の時間が待っている。

 こんなことを書き出したのは映画を題材とした一風変わった小説「黄金座(こ がねざ)の物語」(小学館)を読んだからだ。作者は東北芸術工科大教授の太田 和彦さん。”紙上映画館”の構成をした古い日本映画への讃歌なのだが、不思議 な感覚を味わってしまう。

 若い主人公は、ふとしたことで古めかしい映画館「黄金座」を見つけ、毎月通 うようになる。上映されるのは古い日本映画だけ。しかも、映画館の界隈は昭和 30年代の雰囲気を残し、出会う人たちは、映画の登場人物(笠智衆や原節子 ら)にそっくりな人ばかり。

 紹介される映画は、小津安二郎や小津に「天才」と言われた清水宏らの作品1 9本。

 主人公は、居酒屋で知り合った大学教授との映画談義を通して、現代の作品に 比べると素朴ともいえる演出でも、人間の心情や哀感を見事に伝えていることを 知る。その一方で、そっくりさんたちが巻き起こす事件に巻き込まれる。

 主人公は小説の中では映画の観賞者だが、小説の読者から見ると一種の出演者 ともいえるのだ。

 夢か現(うつつ)か。その一方だけでは人間は生きられないのだろう。たまに は酒に酔い、映画館にも足を運ぶ。そこで失ったかのような時間が、実は生きる 力にもなっているのだとしたら、人間はやはり、面白い? (直)


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