
老人とパソコンの海?
ああパソコンよ老人よ!
私がパソコンをやってみようという気になったのは2年程前、評論家大前研一が「これからの世の中はパソコン無き生活は電話無き生活と同じ不便さを強いられる」と言ったのでおっちょこちょいの私は真に受けて、わいわい教室や情報広場でご厄介になったが、パソコンも持たずに受講するのはピアノを持たずにピアノを習うようなもので、さっぱり身につかないとわかり、今年ノート型を買いました。偶々PC研が発足し初心者でも入れると知り入会しました。しかし皆さんは殆どベテランばかり。どうも自分が異分子みたいで気が引けます。
大体私のような72才にもなってパソコンを始めた人なんて会員にはいないのでは?私の友人仲間を見渡すと操作が家電品並になったらやってもいい、というタイプとインターネット情報がこれ以上はいったら脳がオーバーフローしてしまうというタイプ。それから1人だけパソコンはやるが、せいぜいゴルフや碁の誘いに使われる程度でパソコンの効用は大したことはない。という3種類でどうしたことかパソコン礼賛者は1人もいません。
正直言って私も大同小異で、大前研一の言ったことことなど嘘じゃないかと思ったりします。パソコンブームに水を差すようなことを言って申し訳ないんですが、老人の多くはこんな気持ちだと思います。高齢者にパソコンを普及させるにはこういう老人の心理と教習ノーハウを研究する必要があるのではないかと思うのですがどんなものでしょう。
それだけにT・Iさんのアメリカ事情の話を期待してます。私は努力も脳力も欠乏してますが、せめて皆さんの足手纏いにならぬよう心掛けたいと思っています。 (R・I)
R・I様
SJ様
みな様
こんにちわY・Yです。
R・Iさんのメール、とってもいい。シニアの声として他のファイルにしっかり保存しておきます。ご指摘の問題を考えなければなりませんね。みなさんご意見ありませんか。R・Iさん、16日乾杯の音頭をお願いします。
(音頭という表現でいいのかな?)
SJさん
以前、私もみなさんに同じ質問をしました。キーの配列が違うものがあって~を探すのに苦労をするものがあるんですよね。初めてメールをいただいた気がします。どんどん発信して下さい。
(Y・Y)
R・IR&PC研のみなさま
K・Sです。
R・Iさんの言葉がグサッときます。若干背伸びをしながら、高齢者の方々のことを考えてきたつもりですが、やはり見抜かれますね。
そうなんです。高齢者の気持ちは、本当のところ、私には分かりません。肉親や親しい方々の表情や言葉から、想像力をたくましくしているだけです。
ただ、パソコンでも音楽でも、仕事でもなんでもいいんですが、共通の材料で、世代を超えて、話をしたり、酒を飲んだりすることの面白さは、分かります。それを求めているうちに、私の持っているものが、ほかの人々に伝わればいいと考えています。
タイミングよく、昨日の朝日新聞の書評欄にすごく読みごたえのあるものが掲載されていました。高齢者よ発言せよ。活力を衰えさせないためには、何らかの計画が必要だ、といった文章が記憶に残っています。
高齢者の「発言」が他者に依存するタイプの「従来型」では駄目だと思いますが、R・Iさんのように、前に進みながらの疑問というか、戸惑いを表現し、具体的な解決策を積み重ねることが、エンジンになるのだと思います。
いすれにしろ、R・Iさんの発言内容は、今後のパソコン教室シニア世代研究会の方向性だと思います。どんどん発言してください。「足手まとい」なんて、ことは断じてありません。
むしろ、私のように頭で物事を組み立てようとする人間こそが、今の高齢者の方々の足手まといになっている可能性も大なんです。
仕事以外の時間をNPOに充てているので、時間がないせいもあるのですが、計画して、呼びかけて、動いて、といった「仕掛け人」的な形が少し強くなりすぎていると、反省することがあります。しかし、これは私の「夢」のようなものを、みなさんの賛同を得ながら少しずつ形にしたいと考えていることからくるので、どうにもしようがありません。
シニア世代研究会のみなさま&R・Iさんへ
このところ、新コンテンツ作成に追われ、不眠不休!です。(うそです。ちょっとわけありで、時間がずれているだけ)「シリーズ 意見・エッセイ」を始めました。トップページからどーぞ。
(K・S)
R・Iさん&みなさん
先のメールで「朝日新聞の書評」を不確実なままに紹介しましたが、確認しました。10月10日付の書評(22面)です。朝日新聞の編集委員がマルコルム・カウリーの「八十路から眺めれば」(草思社、小笠原豊樹訳、1600円)を取り上げています。
見出しは「70は「中年世代」「老人よ、語れ」!です。以下、文章を抜き書きします。
「私たちの老いのきっかけとなるのは他人のまなざしであり、そのあとで私たちはゆっくりと他人の判断に調子を合わせるのである」:カウリーの言葉です。
「彼(カウリー)によれば50、60は洟垂れ小僧。70代にあるのは「中年世代だという錯覚」だ。80代でやっと「老い」を自認するのだ。「いよいよ最終幕が始まったのである。芝居の成否はこの幕で決まる」
ただし、今日は家族の絆は擦り切れ、老人は「足手纏い」にされ「置き去り」にされる「狂気じみた変化の時期」である。「節約や洞察といった老年の美徳」が報われることはない。だが、「老人よ、大いに語れ」と著者は言う。「昔も今も、これこそが私なのだ」と。何より「自分の生気を失いたくない限り、何らかの仕事の計画が不可欠」なのである。
:いろいろ考えさせられます。
(K・S)
こんばんわ、Y・Oです。
R・Iさんのメ−ルを興味深く読ませていただきました。
実はパソコンに対して否定的な意見を持っているのは、R・Iさんがおっしゃるように高齢者の方だけではありません。私の周囲の人たち(高校生も、現役のお勤めの方も含め)の多数の方が、パソコンの必要性を否定なさるのです。その理由も今泉さんのメ−ルの内容と酷似しています。
私がe-mailやインタ−ネットの便利さをいっても、電話の方が相手の声が聞こえるから、faxで充分だから、インタ−ネットで調べるようなことなんて何もないからとか...。パソコンの効用を力説する自分が空しいほどです。でも私の中にも、パソコンにのめり込もうとしている自分を危険視している私がいます。直に相手に会って、においやぬくもり、抑揚を感じながらの対話はやはり大切だと思うのです。
ただ、瞬時にしてアメリカのT・Iさんからの情報が届いたのも、今泉さんの思いが、メ−リングリストのみんなに同時に一様な内容で伝達してくれるのもパソコンですよね。いろいろ考えるとおもしろいです。
Y・Y様 16日のことですが、お酒を冷やす時はク-ラ-ボックスが2つありますので、それにビ−ルを入れたらいかがでしょうか? 13日現在アサヒのス-パ-ドライ500ミリリットルが10本ほどサロンにありますので、それを安く買われることをおすすめします。ウ-ロン茶はありません。私は当日はサロンの当番なので、漬物ぐらいしか作っていけません。でも山崎さんの命令となれば、寝ないで作っていきますので何なりとお申し付け下さいませ。
(Y・O)
こんにちは。R・Iさんのご指摘ごもっともと拝読しました。
> パソコンブームに水を差すようなことを言って申し訳ないんですが、老人の
> 多くはこんな気持ちだと思います。高齢者にパソコンを普及させるにはこういう老人
> の心理と教習ノーハウを研究する必要があるのではないかと思うのですがどんなもの
> でしょう。
どうしてコンピュータやソフトウェアの会社が高齢者に売り込む努力を怠っているのか、私にも疑問です。おそらく、未知の分野なので、なかなか手につかないのだと思います。これを逆手に取ると、消費者としての高齢者の要望を広く集めることができれば、企業に高く売れるということになるでしょうか???
私も高齢社会の勉強を始めてから、徹夜して調べた結果「結局、歳とってみないと分からないよ」というようなことに度々ぶつかりました。そういった意味で、年長者というのは一番エライと私は思っています。もっともっと沢山の情報をいただかないといけないと思います。
ただし、努力と脳力の欠乏は、年齢差より個人差の方が大きい、という臨床データがあります。年を取っていても知力を備えた人もいれば、若くても愚鈍な人もいるということです。私が良い例で、30歳前で、パソコンも数年使っていますが、PC研の内容についていけないことはしばしばあります。大学のパソコンの中のソフトを全部消去してしまっったこともあります(そのパソコンには一週間ほど「OUT OF ORDER」の張り紙がしてありました)。
すでに、R・Iさんの意見を電子回線にのせて二十数人の人々に伝えることが出来ているのですから、お互いまだまだこれから!ではないでしょうか。皆様のご意見うかがいたいです。そうそう、土曜日にT・Iさんが、私たちの目からウロコをぼろぼろ落としてくださる予定なのですよね。楽しみにしております。
(A・K)
R・Iさま、みなさま
先週の朝日新聞に、パソコンをはじめて2か月になるという85才の女性の記事が載っていました。パソコンに年齢は関係なく、やる気と興味の問題だと思います。私の友人もほとんどが、興味がない、必要がないといってやっていません。楽しいし便利だし、といっても体験してみなければわからないことですし。
私はパソコンも趣味のひとつだと思っているので、マイペースで自分のやりたいことをしていくつもりです。本当は、7年半も前からパソコンと遊んでいる割には、たいしたことが出来ないという言い訳ですが。
SJさま
わからなかったところを乗り越えると、とてもうれしいですよね。こんなことをちょっとメモしておくと(それこそパソコンに)、あとで参考になるし楽しいですよ。私も古い日記などを引っ張り出して、パソコン日記としてメモしている途中です。パソコンについては何の知識もなかったのに、ワープロを買い替えようと思ったときに、「これからはパソコンの時代だ!」と主人に宣言してはじめたことから、電気屋さんで聞いてばかにされたり、ファイルを消してしまってソフトが立ち上がらなくなったり、とたいしたことでなくても、あとで読むと笑えます。
(N・S)
昨日はプロバイダーのメンテナンスでメールチェックが出来なかったことで、今朝の着信が18通と言うのにチョット驚きでした。その中で、R・Iさんのフレッシュな所感は誠に興味深く、また自分でも反省も含め、感じるところ大でした。「老人だから・・・」というくくりは余り好きではありませんが、2,30代の人と60以上の人達の間では捕らえ方が異なるのはパソコンだけではなく、色々な面で生ずること、当然のこととも言えましょう。
民間の営業業務畑が永かった私は必要に迫られて、パソコン暦が長かったという環境でしたが、同様の環境の友人でもパソコンの取り組みについてはさまざまで、全くやらない人もけっこうおりますし、はまり込んでマニアの仲間入りをした人、趣味の手助けとして部分的な利用をしている人と定型的な区分けは出来ません。
夫々の生活や、趣味の手助けとなる道具のひとつとして使うだけでいいのではないかと思います。 会社人ならいざ知らず、私生活の中でパソコンが使える、使えないは別に自慢するほどでもないし、知らないことが恥にもならないと思ってます。勿論年齢に関係なく「知らないこと、初めてのことに貪欲に挑戦する」人に対しては、尊敬と憧れをもって見てはおりますが・・・私にはそれほどの意欲も能力もありませんが、それをあまり恥とも感じてません。
パソコン教室をお手伝いしておりますが、初めてパソコンに触る人も様々な目的を感じますし、進むスピードも様々、しかし一歩でも目的に近づくようなお手伝いができるようにと「相手に合せる」ことを心がけています。
R・Iさんの素直で感性のある考え方には畏敬を感じます。会社人のころは自分の方針を強引に押しつけていた(退職後そう言はれました)私ですが、自由人となっては常に自分の位置を見つめるようにしておりますが、悪く言うと「人は人、自分は別」ということになってしまうのかも知れません。表現が下手なのでしょうか?
しかしこのメーリングリストを始めサロンわい・わいもパソコン研究会も自分に正直な発言が出来る環境は素晴らしいところですね。 (A・M)
だいぶ賑やかなので、R・I様に送ったメール転送いたします。
R・I様。
Hと申します。お年が近いのと、持ち前の野次馬根性で、出て来ました。まず、70歳を過ぎて、パソコンを使っている人は沢山知っていますが、72歳にして、新しくパソコンを買ってパソコンをはじめられた方にははじめてお会いしました。心から敬意を表します。
次に、R・Iさんは、パソコン解らないとおっしやいますが、立派にお使いになっておられるのではありませんか。お書きになったメールは完璧に読めますし、そちらでは、PC研の仲間のメールや興味のあるHPなどは見ておられるでしょうから、つまり、それがパソコンを使うということではないでしょうか。
ただ、R・Iさんの提起しておられる
>高齢者にパソコンを普及させるにはこういう老人の心理と教習ノーハウを研究する必要があるのではないかと思うのですがどんなものでしょう。
この問題は非常に重要だと思います。お互い現役を退きますと、若い人との交流は少なくなりますし、同輩OBのパソコン普及率はまだ微々たるものですし、趣味のお友達といっても、恋人同士のような頻度でメール交換をするわけではありません。ホームページはニュース系を除けば、毎日更新されているわけではありませんし、年賀状は年1回作るだけです。こんな中で、乏しい年金からパソコンを買って、どんな楽しみがあるのか、これは、事例研究を中心に答えは準備しなければなりませんね。
ただ、私自身は、60の手習いで、パソコンをはじめたことを、後悔したことは一度もありません。古希を過ぎて、パソコンなどいじっていますと、天然記念物みたいに見られますが、何かの本に、 人が現役を退き、ただのんびりと暮らすことに決め、もう世間で起きることなどどうでもいいと言う時に、知力は衰えると書いてありました。お互いボケない為にも、パソコンを楽しみましょう。
長々とつまらないことを書き込んでごめんなさい。 (H)
PCシニア世代研究会の皆様
こんにちわY・Yです。 R・Iさんの「ああパソコン老人よ!」は、話題が盛り上がりましたね。本音を語れるPC研は、それだけでも成功!と勝手に思っています。時間と場所と年齢を選ばず、顔を合わせて話すのとは違った意味で話が盛り上がるメーリングリストは、面白いですね。
Y・Oさん、Hさんやみなさんの意見に「ほんと、ほんと、そうよね」と声を上げたくなりました。パソコンが使えるようになることは、高齢者にとってだけでなく20代の関心の薄い主婦にとっても容易なことではないと思っています。講座でちょっと高度なものが続きましたが、わかっている人は限られていると思います。
わからなくとも話を聞いていれば、自分の関心がそちらに向かった時に「そういえばあんなこともできるんだ」と気がついて、報告した方に相談にのってもらえばいいと思っています。私もインターネットとEメールができれば十分と思っているひとりです。
(Y・Y)
R・Iです。昨夜は飲んで帰ってバタンキュウ。今朝メールを開けてびっくり仰天。「打てば響くEメール」の威力は流石です。私は多分酷評やお叱りを受けるのではないかと想像していましたが、皆さんの暖かいご感想には感動させられます。これでパソコンがつまんないなんて言ったら罰が当たりますよね。
そうです、パソコンがシニア世代に新世界を展開させるであろうことを祈ってやみません。K・Sさん、私も「八十路から眺めれば」の書評を面白く読みました。「老いてみないと老いとは何かわからないだろう」は確かに実感です。
病気も然りです。だが「パソコンはやってみなきゃあわからないだろう」では普及させにくいから、わからせる工夫も必要かななんて思っているところです。
私のネガチブな感想に対し、暖かいご意見を下さった方々にあらためて厚くお礼申しあげます。
R・Iです。
(1)16日のT・Iさんの報告会は私の「ああパソコンよ、老人よ」を「おおパソコンよ、シニアよ」に改めてくれました。感謝します。
(2)メモリー増設実演;私の脳もあんな風に記憶細胞や思考細胞を増殖出来たらどんなに良いだろうと思うこと頻りです。
(3)パーテイ−(提案);私飲食物を整える人、私飲み食いする人ではなく、各自が自分の食べたい物飲みたい物を夫々持参し、ごみも各自持ち帰る。そんなパーテイ−をやってくれませんか。
(R・I)
PCシニア世代研究会のみなさま
R・I様、H様
男性がセッティングするコンパや各自おもたせのコンパの提案ありがとうございます。しかも、無料パスの紳士たちからの提案はことのほか嬉しいです!!!こういう「おしゃれな提案」がおできになるシニアに、わが家の夫がなって欲しいものです。メールは、しばしお休みと思ったのに嬉しくなって、また書いてしまいました。
敬老乗車券賛成のひとりです。(この名称でいいのでしょうか)
(Y・Y)
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